指導者的立場でもあったメアリー・ルー・ウイリアムス

(メアリー・ルー・ウイリアムス)のハーレムにあったアパートは、サロンの様相を呈していました。彼女の音楽に関する広い知識や意見を求めて、その後ビ・バップの創始者になるミュージシャンたちが、しょっちゅう集まっていたのです。彼女が「サロン」の客に選んだミュージシャンは多くはありませんでしたが、ディジー・ガレスピー、セロニアス・モンク、バド・パウエル、タッド・ダメロンと、次世代のジャズを担う人が常連…

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マリリン・モンローはエラのファンだった。

マリリン・モンローが、エラの大ファンだったことを知る人は、今はもうあまりいません。 “格式あるクラブやコンサート・ホール”の一つ、当時人気を集めていたクラブ、「モカンボ」。エラは、マリリン・モンローのサポートで、同クラブに出演した最初のアフリカン・アメリカンになりました。 (中川ヨウ『ジャズに生きた女たち』より) ジャズに生きた女たち/ 中川ヨウ

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サッチモの妻

誰よりもルイの才能を高く評価したのは、妻となったリル・ハーディン・アームストロングでした。ルイ自身は、アイドルであるオリヴァーのとなりでプレイできるだけで幸せでしたが、リルは夫の「第二奏者」としての立場が不当だと感じ、ルイに自分の音楽を追求すべきだと進言しました。 (中川ヨウ『ジャズに生きた女たち』より) ジャズに生きた女たち/ 中川ヨウ

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「ジャズの聴き方」なるもの

数多のジャズの本に謳われている「ジャズの聴き方」なるものは、存在しない。いや、存在するかもしれないが、厳密に「絶対にコレ」という明文化されたルールは、あたりまえだが存在しない。 意地悪な言い方をすれば、「ジャズの聴き方」は、ひとつの「企画」であり、ひとつの「ビジネスモデル」なのだと認識し、そのことを分かったうえで、読んだり読まなかったりするぐらいが丁度良い。 ▼「聴き方」…

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