ベース・オン・トップ/ポール・チェンバース

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Bass On Top/Paul Chambers


ベースの歌わせ方。

ポール・チェンバースの『ベース・オン・トップ』収録の
《ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ》の旋律を追いかけるのも一つの手だと思います。


テーマの処理の仕方、
アドリブの組み立て方……。


チェンバースのベースをなぞっていくだけで、
ベーシストに必要な
様々な「音楽的栄養素」を
知らず知らずのうちに吸収することができるはずです。


ブルーノート1569番。
ベーシスト、ポール・チェンバースの代表的名盤『ベース・オン・トップ』です。


聴けば聴くほど、深いな~と思う今日この頃。


使用されているベースは、チェンバースのものではなく、いとこのダグ・ワトキンスのものだったという話も興味深い。

ケニー・バレルの艶やかなギターと、控えめながらもツボをおさえたハンク・ジョーンズのピアノも魅力です。


▼収録曲
1. イエスタデイズ
2. ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ
3. チェイシン・ザ・バード
4. ディア・オールド・ストックホルム
5. ザ・テーマ
6. コンフェッシン
7. チェンバー・メイツ


この記事へのコメント

  • 八神かかし

    ポール・チェンバース。彼は素晴らしいベーシストですよね!

    それは絶対的に間違いないところなのでありますが、伴奏に徹して、その上で、徹しきったところでさりげなく「あれっ、このソロって、もしかしたらすごいよね」と思わせるのが、ベースという役割からしたらやっぱ一番いいのかな、なんてことも同時に思うわけであります。

    言わずもがな、なんでしょうけれど、チェンバースも当然その部類なのでしょうし、リンク先にあったチック・コリアが雇っていたベーシストたちも同じようにその範疇に入ると思いますが、ソロをやっても『聴かせるソロ』が出来るベーシストって、極めて稀な存在なのかもしれませんよね!!

    その意味で言えばロン・カーターの場合なら、自分が主役になったような録音は、私の好みだけかもしれませんが、あまりを聴きたいとは感じさせない半面、裏方に回った時は唸らせる存在。

    ダク・ワトキンスのようなベーシストは、自分はあえて前面に立たないことで、そしてぶっとい音を鳴らすことで自身の存在感を表現するベーシストなのかな、なんて気がします。

    伴奏楽器であるからこそ感じられる味わいがベースという楽器にはある、な~んてことを思ったりして。
    2014年05月06日 21:34
  • ベーシストによって色々立ち位置が違いますね。そのベーシストが意図した立ち位置と(意識していない人も多いと思います→出来ることだけをやる人とか)、出てくる音が一致していると、やっぱり聴いている者としては至福のひと時です。


    >その意味で言えばロン・カーターの場合なら、自分が主役になったような録音は、私の好みだけかもしれませんが、あまりを聴きたいとは感じさせない半面、裏方に回った時は唸らせる存在。

    私もまったく同感です。特にマイルス・デイヴィスのクインテットにいたときの伴奏は、本当にアイデアの宝庫です。でも、主役になった途端、ヘロヘロ……。

    これもベーシストが意図した立ち位置と、音として出てきて我々が感じるギャップなんでしょうね。
    本人がやりたいことと、結果は違うことが多い。一致すると素晴らしいのですが、やっぱりそれは稀なのかも。
    (ロン・カーターの場合は「あのマイルスのバンドにいた人だから」ということで好きなことをやらせてもらえたのでしょう。通常であれば、「あのソロ」はありえない・苦笑)

    だから、客観的にその人の資質を見抜いて「君はこうしろ」「君はこういうことやりたいんだろうけど、ここではこうしてね」とアドバイスしてくれるリーダーやプロデューサーの存在は重要なのかもしれません。皆、自分のことはなかなか客観的に見れませんから。

    たとえば、歌手のJUJUも、自分が得意なビブラートをプロデューサーから封印された曲でヒットを出してますから、自分のスタイルを押し通すことも大切なこだわりだと思う一方で、第三者目線からの客観的なアドバイスに素直に耳を傾ける謙虚さも必要なのではないかと思います。

    かといってそのアドバイスとて的を射ていないこともあるかもしれないから、なかなかそのバランスは難しいですね。
    2014年05月07日 09:26

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