放送第96回『茜先生のピアノ教室』(3)



番組で2曲目でかけた曲が、松本茜さんのセカンドアルバム『プレイング・ニューヨーク』より《マイ・ディア》。

プレイング・ニューヨーク

プレイング・ニューヨーク

  • アーティスト: 松本茜,ナット・リーヴス,ジョー・ファンズワース
  • 出版社/メーカー: T&Kエンタテインメント
  • 発売日: 2010/01/20
  • メディア: CD


この曲、私、大好きなんですよ。

今年の『スイング・ジャーナル』の作曲部門のベストに彼女がランクインしていたことからもわかるとおり、松本茜さんは、ピアノのみならず、作曲にも並々ならぬ才能の持ち主なのです。

たとえば、デビューアルバムの『フィニアスに恋して』にも、《ストーリー》や《ハーフ・ブラッド》のように切ないオリジナルナンバーがありますが、これらも彼女のペンによるもの。

《ハーフ・ブラッド》という曲は、私、特に大好きで、1クール前の番組のエンディングテーマに使っていたほどですから。

『フィニアスに恋して』に収録されたオリジナル曲はセンチメンタルな印象が強かったのですが、2枚目の『プレイング・ニューヨーク』では、《プレイング》のように力強いナンバーや、私が大好きな《マイ・ディア》のように、しっとりと落ち着いていながらも、芯の太いナンバーも登場したりで、少しずつ作曲力もアップしてきているんじゃないかと思います(もっとも《プレイング》は高校生のときに遊びながら作った曲だそうですが)。

《マイ・ディア》のミソは、キーでしょうね。

私、このナンバーが本当に大好きなので、以前、ピアノでメロディを拾ってみたことがあるんですよ。

そしたら、フラットが多い、多い。黒鍵だらけ。
キーは「Dフラット」とのことで、なるほど、黒鍵が多いわけだ、なのです。

しかし、この黒鍵が多いところがミソで、たとえば、この曲のメロディを半度上にずらして弾くと、黒鍵が少なく弾きやすくなる半面、メロディから漂うニュアンスは、明るいポップス調になってしまうのです。

もちろん、元のメロディ自体が素敵なので、明るいポップス調でも何ら問題はないのですが、軽いBGM的なニュアンスになることもまた事実。

ところが、キーを変え、半音ずらして弾くだけで、ダークな重みが加わり、同じメロディながらも、磨きこまれたような深い艶が滲みでてくるのです。

クラシックの曲には、タイトルの後に「変ロ長調」とか「ト長調」などと、調(キー)を記しているタイトルが多いのですが、わざわざタイトルで断るのか、分かるような気がします。

西洋音階は、どの音から初めても、同じ音の間隔で弾けば、同じメロディの「形」にはなるものの、キーによって感じるニュアンスは随分と異なるものです。

楽器をやらない人でも、カラオケなんかでキーをトランスポーズ(移調)したら、聴き慣れた原曲のイメージから離れて気持ち悪くなった経験ってありませんか?

私が感じるのはまさにそれで、それぞれのキーにはそれぞれのキー特有のニュアンス、響きがあるわけで、クラシックの作曲家たちは、きっとそれぞれのキーが持つ固有の特徴や佇まい活かした曲作りをしていたのでしょうね。

個人的には、ハ長調(Cのキー)や、ト長調(Gのキー)はものすごく軽く感じられますね。弾くのは楽なキーではあるのですが……。

逆に、私が好きなキーはE♭かな。響きが好きなことはもちろんのこと、♭が3つで、ピアノでは鍵盤を上り下りするときの山と谷の感触も好きです。

そういえば、以前、フルート奏者のMiyaさんと飲んでいたときにキーの話になって、互いに好きなキーが「E♭」で嬉しく思った記憶もあります(記憶違いだったら御免なさい)。

一般に、♭系のキーはダークなイメージが強く、♯系のキーはブライトな印象があります。

ジャズ系の曲は♭系のものが多く、これはおそらく、管楽器のキーに合わせたがゆえのことだと思います。
たとえば、テナーサックスやソプラノサックスはB♭、アルトサックスやバリトンサックスはE♭で、これら楽器奏者が演奏しやすかったり、あるいは作曲するときも、自分が吹きやすいキーを設定したからなんじゃないかと思います。

逆に、♯系はロック系のナンバーに多いですね。
ロックといえば、やっぱりメインの楽器はギターですし、ギターといえば、E・A・D・G・B・Eで弦をチューニングすることからも分かる通り、これらの弦での解放弦は♯系のキーに適用しやすい音です。

ギターのチューニングからも、ギタリストにとって弾くのがラクなキーは言うまでもなく♯系。

もちろん、たくさんの例外はあります。
それでも、やっぱりジャムセッションなんかにいくと、ブルースひとつとっても、ジャズ系の場ではFやB♭といったフラット系のブルースが演奏されるし、ブルースやロック系の店だとAやEなど♯系のブルースでジャムってますからね。

ベースの場合は、当然、解放弦を多用できるシャープ系のキーのほうが弾きやすいことは言うまでもありません。

フラット系のキーになり、フラットの数が増えれば増えるほど、使える解放弦の頻度が減り、演奏の大変さは増しますが(《スターダスト》や《ボディ・アンド・ソウル》になるとほとんど使えないんじゃないかな)、でも、そこを我慢して弾くのが快感なんですわ(笑)。男なんですわ。ベーシストなんですわ。
お~、俺ってベース弾いているぜ!って気になるの(笑)。


それはともかく、松本茜さん作曲の《マイ・ディア》は、フラットの数の多い「Dフラット」というキーならではのコクのある重量感と安定感が活きている秀逸な曲なことは間違いありません。

番組中では、スタジオにあるキーボードでキーを変えて弾き比べてみてくれる場面もあるので、お聴き逃しなく!


またまた話かわりますが、私、デクスター・ゴードンの『ゲッティン・アラウンド』というアルバムにある《ル・クワフール》という曲が大好きなんですが、

ゲッティン・アラウンド

ゲッティン・アラウンド

  • アーティスト: デクスター・ゴードン,ボビー・ハッチャーソン,バリー・ハリス,ボブ・クランショウ,ビリー・ヒギンズ
  • 出版社/メーカー: EMIミュージックジャパン
  • 発売日: 2009/06/10
  • メディア: CD


《マイ・ディア》は、《ル・クワフール》を少々ビターにした味わいがありますね。

《ル・クワフール》からお茶目な部分を抜き、かわりに、アンニュイな部分をつけくわえると、世界は限りなく《マイ・ディア》に近づく(笑)。

もちろん、メロディはまったく違う曲だし、ボサ調リズム以外はなんら共通点のない両曲同士ですが、どうやら私は、ちょっと「おフランス」を感じさせる、お洒落アンニュイな曲が好きなようです。

とかくジャズファンは、フレーズや音色でミュージシャンのセンスや技量を判断しがちだけれども、作曲者という側面でも松本茜ちゃんを聴いてみよう。

《マイ・ディア》は、もちろん大曲!というわけではなく、むしろその逆で、さり気なく移り変わる景色のような曲だけれども、淡々としているぐらいあっさりとしたテイストの中には、深いコクと工夫がさり気なく織り交ぜられているのです。

この記事へのコメント

  • もんど

    雲さんこんにちは。
    いつもミュージックバードで番組を楽しませていただいています。

    「キーによって感じるニュアンス」というのは、私も全く同感で、以前からこれをとても大切に考えていました。
    以前に番組の中で「リスナーからの便り」としてご紹介いただいたことがある(その時のラジオネームが「もんど」)のですが、私は拙いながらアルトサックスを吹きます。私が好んで吹くのは、女声ボーカルの曲です。というのは、もともと私は歌が好きで、女性の歌などもカラオケで歌おうとするですが、男声だと音域の違いからどうしても移調が必要となることが多く、その時に感じる曲調の変化が、かねてから気になっていたのです。できるだけ移調しないで女声ボーカルの曲をやる、そのためにサックスを吹くのです。従い、私がサックスを吹く時、目指している芸風は、歌舞伎で言う「おやま」、つまり女形になりきることなのです。歌詞やメロディラインの解釈をしっかりやってサックスの音色に女らしさをのせる、難しいですが、この境地を目指して、練習するようにしています。吹いているのがアルトサックスなのE♭は私も好きなキーです。

    『超・音楽鑑賞術』、買って読みました。
    これを参考に、我流ながら音楽について「書く」努力をしています。そのためにブログも始めました。アドレスを書いておきます。ここで名乗った「もんど」とは違う名前「針亜連」として書いています。まだまだ拙いですが、私の記事を読んで、紹介作品に興味を持ってくださる方が出てくればうれしいなと思っています。
    よかったらお暇な時に覗いていってください。
    今後ともミュージックバードを通じて番組を聴きます。
    応援していますのでがんばってください。
    2010年08月01日 09:46
  • もんどさん

    コメントありがとうございました。
    書いたことが伝わったようで、とても嬉しいです。

    また、拙著もご購入いただきありがとうございました。

    >目指している芸風は、歌舞伎で言う「おやま」、つまり女形になりきることなのです。歌詞やメロディラインの解釈をしっかりやってサックスの音色に女らしさをのせる

    おお、これ、なかなか素敵な考えですね。女性ヴォーカルの楽曲は、曲によっては、とても難しいキーの場合もあるのですが、それでも、自分の好きなキーの響きのためには、難しさの克服もなんのその!ですよね。練習にもなるし。

    ブログも拝見しました。
    「ロングトーンの使い方に、プレイヤーの思想が表れる。」が面白かったです。

    今後も宜しくお願いいたします。
    2010年08月01日 10:14

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