放送第79回「スコット・ラファロとビル・エヴァンス」(3)



放送後半でかけたラファロ=エヴァンスのアルバムは、tommyさんセレクトのトニー・スコットの『サング・ヒーローズ』より《ミザリー》。
Sung Heroes

Sung Heroes

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Sunnyside
  • 発売日: 1995/11/01
  • メディア: CD

このときのセッションが、エヴァンス、ラファロ、ポール・モチアンの3人が初共演の演奏とのこと。

エヴァンス・トリオ時の演奏とは違い、彼ら3人は伴奏に徹していますね。

このトラックをかけた後が、おそらく今回の番組、最大の山場でしょう。
tommyさんの持論展開がはじまります。

tommyさんによると、ビル・エヴァンスのリヴァーサイド4部作の中では、『ポートレイト・イン・ジャズ』と『ワルツ・フォー・デビー』の間では、大きな違いがあるそうです。

それは、ラファロの閃きや、ピアノへの絡み具合の違い。

『ポートレイト・イン・ジャズ』は、あくまでエヴァンスのアルバムで、ラファロはそれほどエヴァンスのピアノにも絡んできていないし、ベーシストとしての閃きも少ない(たしかにその通りだと思います)。

ポートレイト・イン・ジャズ+1

ポートレイト・イン・ジャズ+1

  • アーティスト: ビル・エヴァンス,スコット・ラファロ,ポール・モチアン
  • 出版社/メーカー: ユニバーサル ミュージック クラシック
  • 発売日: 2007/09/19
  • メディア: CD

Waltz for Debby

Waltz for Debby

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Original Jazz Classics
  • 発売日: 1990/10/17
  • メディア: CD

しかし、『ポートレイト・イン・ジャズ』と『ワルツ・フォー・デビー』の間の音楽体験が、ラファロの意識に大きな変革をもたらしたのではないか?とtommyさんは推測します。
この音楽体験とは、当時のフリージャズの旗手、オーネット・コールマンとの共演なのだそうです。

オーネットとの共演により、ラファロは「もっと自由にやっていいんだ!」ということを学んだ。だから『ワルツ・フォー・デビー』での彼のベースは以前にも増して奔放になったのだ、とtommyさんは推測します。

ラファロのオーネットとの共演は、『フリー・ジャズ』が有名ですが、
フリー・ジャズ(+1)

フリー・ジャズ(+1)

  • アーティスト: オーネット・コールマン,エリック・ドルフィー,ドン・チェリー,フレディ・ハバード,スコット・ラファロ,チャーリー・ヘイデン,ビリー・ヒギンズ,エド・ブラックウェル
  • 出版社/メーカー: Warner Music Japan =music=
  • 発売日: 2008/02/20
  • メディア: CD

それだけじゃないよ、ということで、tommyさんがかけたのは、『ツインズ』より《チェック・アップ》。
Twins

Twins

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Water
  • 発売日: 2008/01/13
  • メディア: CD

オーネット独特の音色とメロディーに、ドン・チェリーのトランペットの音色が絡みます。
このナンバーを聴いた瞬間、「あれ?これって『ジャズ来たるべきもの』にはいっていたナンバーじゃない?」と勘違いしてしまいそうなサウンドの肌触りですが、違うんですねぇ。ベースがチャーリー・ヘイデンではない。

一聴、チャーリー・ヘイデンと間違えてしまいそうなベースなのですが、これ、じつは、スコット・ラファロなのです。

ガット弦による暖かな音色と、音数少ない寡黙なボトムは、ヘイデンそのもの。
というより、ラファロのことを兄貴のように慕っていたチャーリー・ヘイデンは、このようなラファロのプレイに影響を受けたのかもしれません。

さて、私のtommyさんが主張する「オーネットとの共演体験が、『ワルツ・フォー・デビー』での奔放なベースワークに繋がっている」という説に対して、私なりの見解を書いておかねばなりません。

結論からいうと、私は、必ずしもtommyさんの考えに与するものではありません。

いや、「違う!」「そんなことはない!」とまでは思いませんが、
「そうかもしれないし、そうでないかもしれない」
としか言いようがないというのが正直なところです。

このことについて語り出すと、番組ではタイムオーバーになってしまいます。
それに、仮説としては興味深いので、tommyさんからは、そのユニークな考えを発表していただくに留めましたが、私は、オーネットとの共演体験が、直接ビル・エヴァンス・トリオのアンサンブルの変化に露骨にあらわれていたとは思えないのです。

tommyさんが主張するように、たしかにフリージャズ系の人たちとの共演により、ラファロの音楽的内面に多くの変化をもたらした可能性は大いにあります。

しかし、それが即、『ワルツ・フォー・デビー』の演奏に反映されているのかというと、私は疑問です。

これって、ディスコグラファー特有の“時系列妄想”に近いものがあるのではないかと。

つまり、対象となるミュージシャンのアルバムを時系列順に並べている過程で、大きな表現の変化や、トピックスになるような異質な出来ごとを見つけると、その変化に理由を求めてしまう傾向のことです。

これって、ジャズ聴きの楽しみの一つでもあるので、否定はしません。むしろ、この手の“妄想”も、ジャズを聴く楽しみのひとつであることは認めます。

現に、このような思考パターンで、単なる出来ごとを、あたかも歴史的必然であるかのような論調でジャズ史を紡ぐ評論家もいるぐらいですから。

もし、そのミュージシャンが生きていれば、インタビューなどで真相を探りだすことも可能かもしれません。しかし、すでに鬼籍に入ってしまっているミュージシャンとなると、あとは、経歴や残された資料から推測をめぐらせるしかなくなる。

そして、この推測作業はきっと楽しいのでしょうが、推測内容は必ずしも正解とは限らない。
演奏家の音楽的内面というものは、「これを録音したから、次はこうなった」と、簡単に割り切れるほど単純なものではないと思うのです。

ジャズマンのディスコグラフィは、己のキャパシティ(音楽的引き出しといってもよい)の中から、どう演奏の中で折り合いをつけつつ、クリエイティヴな表現を試みるか、という演奏行為の堆積でしかありません。

常に進化発展を遂げたかのように見える、あのマイルスだって、必ず前進し続けていたわけではなく、進み過ぎたらちょっと戻り、と軌道修正や、微妙な先祖がえりをしながらの音楽的歩みを繰り返していました。

私も、これまで色々なジャンルの音楽のバンド経験があります。
ジャズやパンクやハードロックやブルース、はたまた飲み屋では歌謡曲から演歌まで、色々な音楽ジャンルの演奏をしてきましたが、それぞれの音楽が持つ特有の文脈や空気感の中で、自分の引き出しの中からもっとも適切な技術的折り合いのつくベースを弾くことが楽しみでした。

ましてや、多彩な音楽的キャリアを誇るスコット・ラファロのことですから、それぞれの音楽家の持つキャラクターの中で、もっともリーダーの望むベースを弾いていたことは想像に難くなく、だからこそ様々なジャンルのセッションに引っ張りだこだったのだと思います。

つまり、オーネットとの共演は、ラファロというベーシストが持つ、もっともオーネットにふさわしいベースを弾いてみせただけで、ラファロは最初からラファロだったのではないかと思うのです。

では、なぜ『ポートレイト・イン・ジャズ』と『ワルツ・フォー・デビー』のベース表現はこうも違うのか。

それは両方のアルバムを注意深く聴けばわかります。

『ワルツ・フォー・デビー』は、『ポートレイト・イン・ジャズ』で試み始めた内容の進化発展形に過ぎず、『ポートレイト・イン・ジャズ』でのたしかな手ごたえと感触をよりいっそう“練習”と“ヘッドアレンジ”によって、演奏中におけるラファロの活動領域を拡張した結果に過ぎません。

それは、「ファンの夢を壊すようで申し訳ないが、ラファロとエヴァンスの“いわゆるインタープレイ”は練習の賜物なのだ」と番組中で語っていたtommyさんがの主張とピタリと符合します。

つまり、ラファロとエヴァンス2人が、慎重に何度も何度もリハーサルを重ねている音源を聴けば、世間では通説となっている「自然発生的に生じたインタープレイ神話」が覆るという主張ですが、これには私も同感します。

矛盾するようですが、練習をすればするほど、演奏回数が増えれば増えるほど、自由度が増すこともあるのです。
バンド経験のある方には、この感覚、わかっていただけるんじゃないかと思います。

最初は、メンバーの音を聴きあいながら、慎重にアンサンブルします。しかし、演奏を重ね、メンバー間の体感ビートや、曲のトーンやイメージがメンバーの間で共有できると、毎回毎回同じ演奏だと面白くなくなってくるので、少しずつフェイクを交えた演奏に変化してゆくことってありませんか?

バンドをやっていなくても、CDで聴いた曲が、ライブに行くと、まったく違うテンポや雰囲気で演奏されていたということはジャズに限らず、ポップスにおいてもよくある出来ごとなんじゃないかと思います。

ジャズだと、ジョン・コルトレーンの《マイ・フェイヴァリット・シングズ》なんかが良い例ですね。
初演こそ丁寧に演奏されているものの、回を重ねるごとにどんどん表現が過激になってゆきます。

これは、数多くの演奏経験を経て、メンバー間の間に、「ここまでは崩せるかもしれないけど、これ以上冒険するとやばいかな?」という曲とアンサンブルの芯の理解と、バンドとしてのアンサンブルの核を認識した結果の冒険なのだと思います。

同じことは、マイルス・デイヴィス黄金のクインテットの演奏にもいえると思います。
最初は保守的な演奏でも、日夜同じレパートリーで演奏しつづけることによって、少しずつテンポが速まり、演奏内容も崩壊ギリギリのところまで自由度を増してゆきます。

これは、
『マイルス・イン・ヨーロッパ』と、『プラグド・ニッケル』の《ソー・ホワット》を聴き比べるとよく分かるんじゃないかと思います。
マイルス・イン・ヨーロッパ

マイルス・イン・ヨーロッパ

  • アーティスト: マイルス・デイビス,ジョージ・コールマン(ts),ハービー・ハンコック,ロン・カーター,トニー・ウイリアムス
  • 出版社/メーカー: ソニーレコード
  • 発売日: 2001/08/22
  • メディア: CD

ハイライト・フロム・ザ・プラグド・ニッケル

ハイライト・フロム・ザ・プラグド・ニッケル

  • アーティスト: マイルス・デイヴィス,ウェイン・ショーター,ハービー・ハンコック,ロン・カーター,トニー・ウィリアムス
  • 出版社/メーカー: ソニーレコード
  • 発売日: 2001/06/20
  • メディア: CD

おそらく多くの方が『プラグド・ニッケル』での演奏のほうが自由度が高く感じると思います。しかし、『イン・ヨーロッパ』から『プラグド・ニッケル』にいたるまでは、彼らはかなりの回数の演奏をこなしています。

この演奏回数の多さが、逆に演奏者の冒険、チャレンジの領域を増やし、聴き手には自由度の高い演奏と感じさせることもあるのです。

ラファロのベースもそれとまったく同じです。

まだ結成間もないトリオの演奏では、ベースはあまり積極的にピアノには絡んでいないかもしれませんが、練習回数(演奏回数)に比例して、よりいっそう「もっとベースが動いてOK」というベースの活動領域がアンサンブルの中で増えていったに過ぎない。
……のではないか?と私は推測します。

つまり、オーネット・コールマンとの演奏経験は、ことビル・エヴァンス・トリオでの表現においては、あまり関係ないのではないかと。

もちろん、オーネットとの共演から、ラファロは音楽における精神的自由度を感じた可能性は高い。

しかし、「オーネットとやったことをビル・エヴァンスのトリオでも試してみたんだよ」というようなラファロの言葉が残っていればともかく、主張内容の面白さは重々に認めますが、やはり私はtommyさんが主張される「オーネット・コールマンと共演したから『ワルツ・フォー・デビー』では、バッキングを放棄したようなベースを弾くようになった」という説には素直に納得できない部分もあるんです。

皆さんはどうお感じになられるでしょうか?
『ポートレイト・イン・ジャズ』と『ワルツ・フォー・デビー』を順番に聴けばおのずと答えは出てくるんじゃないかとも思うのですが……。

同じアプローチを繰り返しているうちに、作品が新しくなるごとに表現が大胆になってゆく。

それは音楽のみならず、小説にも当てはまることで、ちょっと引き合いに出す例がトンチンカンかもしれませんが、渡辺淳一の『うたかた』→『失楽園』→『愛の流刑地』という順をたどって読んでゆけば(笑)、読んでいる人には分かる?、かな!?(笑)
うたかた (集英社文庫)

うたかた (集英社文庫)

  • 作者: 渡辺 淳一
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2009/03/19
  • メディア: 文庫

失楽園〈上〉 (角川文庫)

失楽園〈上〉 (角川文庫)

  • 作者: 渡辺 淳一
  • 出版社/メーカー: 角川書店
  • 発売日: 2004/01
  • メディア: 文庫

失楽園〈下〉 (角川文庫)

失楽園〈下〉 (角川文庫)

  • 作者: 渡辺 淳一
  • 出版社/メーカー: 角川書店
  • 発売日: 2004/01
  • メディア: 文庫

愛の流刑地〈上〉 (幻冬舎文庫)

愛の流刑地〈上〉 (幻冬舎文庫)

  • 作者: 渡辺 淳一
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2007/08
  • メディア: 文庫

愛の流刑地〈下〉 (幻冬舎文庫)

愛の流刑地〈下〉 (幻冬舎文庫)

  • 作者: 渡辺 淳一
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2007/08
  • メディア: 文庫


番組最後は、、『コンプリート・ライヴ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』3枚組から、停電バージョンの《グロリアズ・ステップス・インタラプテッド》をかけて、番組終了!って感じでした。
The Complete Village Vanguard Recordings, 1961

The Complete Village Vanguard Recordings, 1961

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Riverside
  • 発売日: 2005/09/13
  • メディア: CD

いやぁ、tommyさんとの対話形式になったおかげで、番組の内容も、より深いところまで突っ込んでゆけるようになったんじゃないかと思います。

今回のtommy説に関しては、私、番組上では突っ込みませんでしたが、再来週放送の回では、けっこうtommyさんに喰ってかかった記憶があるので、お楽しみに!(笑)

この記事へのコメント


この記事へのトラックバック