放送第59回『マイルスとマーカス』(2)

抜群のリズム感とともに放たれるジェームス・ブラウンの「ハッ!」や、マイケル・ジャクソンの「アッ!」といったインパクトのある掛け声は、演奏をリズミックにプッシュします。

それとは裏腹に、たとえば、ブルースピアニストのリロイ・ヴィネガーや、ギターの弾りブルースマン、ロバート・ジョンソンらの「う~ん」という唸り声も、黒人音楽にとっては欠かせない重要なスパイスです。

JBやマイケルの場合は、エネルギーが勢いよく前に押し出されますが、それとは裏腹に、先述のブルースシンガーたちの唸りは、感情の昂ぶりをあたかも押し殺すかのようなニュアンスです。

激昂した感情をダイナミックに放出すること。すなわち「シャウト」は、時代が時代だと、ご主人様に見つかれば罰せられた。
この奴隷時代の記憶なのでしょうか、昔のブルースマンの多くは、大事なところほど、昂ぶった感情を“呑み込む”。

私はブルースもよく聴くのですが、こと戦前ブルースを愛聴する理由は、その感情を呑み込むときのニュアンスに深い感銘を受けるからかもしれません。

ところで、私が20年以上、まったく飽きずに愛聴しつづけているアルバムの1枚に、スライ&ザ・ファミリー・ストーンの『暴動』があります。
Blu-spec CD 暴動
There's a Riot Goin' On/Sly & the Family Stone

このアルバムは、他のスライの作品と比較するとかなり異質な肌触りで、そこが病みつきになってしまうところなのかもしれません。

他の作品はノリノリなナンバーが多いのですが、このアルバムは、開けっぴろげなノリノリの要素を、あえてググッと上から押さえこんでいるところがある。

間違ってもアッパーではない。
著しくダウナー。
もうそれは眩暈でクラクラしてしまうほどに。

跳ねない。
跳ねるエネルギーをグッと溜める。抑制する。

シャウトしない。
シャウトの瞬発力を押さえこみ、あたかもブルースシンガーが感情の昂まりを抑え込むように、「はぁぁぁ~」と内へ内へと引っ張り込む。

このようなニュアンスが全編にわたって感じられるアルバムが、スライの『暴動』なのです。

ザラついたシンセや、リズムボックスのチープな音色、ワウのかかったギターなどが、もうタマらん!ってぐらいに黒いんですわ。

そして、JBやマイケルのようにビシッ!と統制のとれた楽器同士の一体感が心地よいアンサンブルとは逆に、微妙に緩いアンサンブルも黒さに拍車をかけています。

それらの要素が作用して、ぐわぁぁっと身体が裏返ってしまいそうな、絶妙なノリとニュアンスを生み出しているのです。

私はこのアルバムに出会う前は、プリンスの『サイン・オブ・ザ・タイムズ』を愛聴していたのですが(『ラヴ・セクシー』とともにプリンスの最高傑作だと思っています)、スライの『暴動』を聴いた瞬間、「ああ、プリンスはスライになりたかったのね(笑)」とニヤリとしてしまいました。
サイン・オブ・ザ・タイムズ(紙ジャケ SHM-CD)Sign Of The Times/Prince

しかし、スライのような音楽をやりたかったのはプリンス1人ではありません。

マイルス・デイヴィスにしたって、マーカス・ミラーにしたって、彼らは強烈にスライの音楽を意識していたに違いありません。

マイルスの場合は、1年足らずで離婚した10歳以上年下の奥さん、ベティ・メイブリーから、ジミ・ヘンドリックスとスライ・アンド・ザ・ファミリーストーンの存在を教えられます。

そして、マーカスも先日のインタビューでは影響を受けたミュージシャンの一人に、ラリー・グラハム→スライ・アンド・ザ・ファミリー・ストーンとハッキリと明言しています。
(ラリー・グラハムはスライのベーシストで、このバンドで演奏したスラップ奏法/チョッパーが世界中に知れ渡ります)

マイルスは『パンゲア』などで。
マーカスはデヴィッド・サンボーンの『ハイダウェイ』のライブなどで、ビートが前に出たノリノリのナンバーを演奏しつつも、きっとそれだけでは満足していなかったと思います。
(マイルスの場合は『オン・ザ・コーナー』や『イン・コンサート』といった奇妙なノリのアルバムを作ってはいますが……)

彼らの頭の片隅には、スライの『暴動』のような深く静かに潜航するようなグルーヴ感が横たわっていたに違いありません。

この2人の嗜好が素晴らしい形として結実しているのが、ライブアルバム『ウィ・ウォント・マイルス』なのだと思います。
ウィ・ウォント・マイルス(紙ジャケット仕様)
We Want Miles/Miles Davis

もちろん、番組のおよそ4分の1の時間を費やして最初から最後までかけた《ファースト・トラック》のような勢い溢れたナンバーも収録されていますが、情動に抑制がかかったクールなナンバーも収録されているのです。

《ジャン・ピエール》がそうですし、《バック・シート・ベティ》の前半などがまさにそうですね。
各ミュージシャンのエネルギー感はひしひしと伝わってくるのですが、アイドリング状態を保ち、グッと勢いを抑え込んだ状態で演奏されている箇所がたまらなくクールです。

そして、このような箇所を聴くたびに、私はスライの『暴動』を思い出してしまうのです。

もちろん、マイルスもマーカスも、意識の上では「スライのようにやろう」と考えてはいないでしょう。
しかし、彼らの細胞に染み込んでいるに違いないスライのニュアンス、あるいは遥か戦前ブルース時代のDNAの記憶がそうさせているのかもしれません。

グッと溜めこむ、抑え込む。

この要素は、ブラックミュージック好きにとっては、こたえられないニュアンスの一つなのです。

もちろん、すべてのブラックミュージックに必須の要素というわけでもないし、勢いとビートが前面に押し出された音楽のほうがむしろ多いと思います。

しかし、ときおり、ポップスにもグッと抑え込んだ黒さを含んだ音楽が現れることもある。
最近だと、私はミシェル・ンデゲオチェロや、曲によってだけどミッシー・エリオットにその要素を感じるかな。
そういえば2人とも女性ですね。

Peace Beyond Passion
Peace Beyond Passion/Me'Shell Ndegeocello


ザ・クックブックThe Cook Book/Missy Elliott

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