放送第56回『打ち込みジャズ』(2)

打ち込みジャズ特集で最初にかけたアルバムは、橋本一子さんのアルバム『VIVANT』より《D.P.》。

VIVANT
VIVANT/橋本一子


これは、私がまだジャズに出会う前に聴いて、衝撃を受けた曲ですね。

YMOのサポートメンバーとして参加していたキーボーディストのアッコちゃん(矢野顕子)が産休のため、新たに加入したサポートキーボーディストは、スリムで知的な美人でした。
開放的なオーラを発していたアッコちゃんのキーボードプレイとは打って変って、ストイックでビシッと締まった佇まいのキーボーディストに、お、カッコいいなーと思ったものです。

で、その人こそが橋本一子さんだったのですが(笑)、それ以来、私は橋本一子さんに興味を持つようになったのです。

一子さんは、この『VIVANT』が出る前にも何枚かソロは出していたし、レコード持っている友達からカセットテープに落としてもらって聴いてはいたのだけれども、CDで買ったアルバムは『VIVANT』が初めて。

甘く切ないピアノソロ《遊園地の恋》から一転して、急速調で刺激的な打ち込みリズム。ピアノの野太い低音が無愛想にループするベースパートのシーケンスパターンに、「これぞ一子さんコード!」な、テンションのきつい和音が、ガン・ガン!とくる。

当時、ジャズという音楽は聴いていませんでしたが、中学生ぐらいのときの私は、よくピアノやキーボードで、音を色々と重ねながら色々な和音の響きを楽しんでいたので、「うっ、この和音、タダモノではない!」と思ったわけです。

しかも、テーマの和音のみならず、拍を無視したピアノソロが滅茶苦茶カッコいいと思った。

子供の頃から、母親の影響でチャイコフスキーのレコードはよく聴いていたのですが、一子さんのソロはまるで、私が好きなチャイコフスキーのピアノ協奏曲第一番のピアノが高速にヒートアップして、パンキッシュな要素と、暴力的なパンチが加わり、まるで、パンク化したクラシックピアノのように聴こえた(笑)。

打ち込みのリズムの正確さを綺麗に無視して、自由に時間を伸び縮みさせながら弾くピアノソロ。
これは、1981年に坂本龍一がYMOの『ウイターライブ』の《階段》という曲の中盤で、リズムの尺を無視して展開したクラシカルなピアノソロ(正確にはピアノの音色のキーボードソロ)を彷彿とさせるものがあり、あえて絶対に狂うことのない打ち込みの「正確なリズム」という権力に反旗を翻しているようで、そのアプローチの発想が、とてもカッコよく感じました。

当時のジャズを知らない私は、ジャズという音楽は、

1、なんだかヤバい雰囲気の音楽
2、なんだか危険で先鋭的な音楽

という、漠然としたイメージを持っていたのですが、一子さんのピアノソロを聴いて、「これがジャズってやつなのかもしれない」と感じたものです(笑)。

今聴くと、フリージャズ的なアプローチというよりは、クラシカルな匂いが濃厚なピアノソロではあるのですが、「ジャズって、なんとなくこんな感じの音楽かな?」と漠然と思っていた私の心にはドンピシャ!ときたのが、橋本一子さんの《D.P.》だったのです。

ちなみに、一子さんはマイルス・デイヴィスの『ビッチェズ・ブリュー』を聴いて、ジャズの魅力に開眼したそうですから、2人とも、4ビートや純アコースティックな音楽でジャズに出会っていないところが共通していて面白い(笑)。

一子さんは、ごくごく初期のリズムボックスが発売されたときに飛びついて購入したほどの方ですから、新しい機材やテクノロジーに興味を持つと同時に、これらの電子楽器の特性とメリット、デメリットを知り尽くしています。

実際、番組の中で語られる含蓄のあるお言葉は、まさにエレクトリック楽器と長年つきあい、これらを巧みに利用して刺激的なサウンドを作り続けてきた人ならではのものでした。

一子さんの《D.P.》のソロは、本当、絶品です。

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