放送第41回『ボサノヴァ 女性ヴォーカル』(2)

7月の3週目に放送された『高野雲の快楽ジャズ通信』のテーマは「ボサノヴァ・女性ヴォーカル」。ゲストは、シンガーソングライターの上野まなさんでした。

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ナラ・レオンやアストラッド・ジルベルトなどの定番歌手もチョイスしつつ(当然まなさんも彼女たちのファンです)、それだけだと面白くないので、リズムが打ち込みのナンバーも選曲してみました。

インコグニートのジャン・ポール"ブルーイ"モーニックがプロデュースを手掛けたアナ・カランの《おいしい水》と、アルゼンチンの歌手、ガブリエラ・アンダースの《イパネマの娘》の2曲です。



打ち込みといえば、最近のレゲエも打ち込みものモノが多いですが、一口に打ち込みといっても使い方や目的が違うと、ずいぶんと聴こえ方は違うものです。

レゲエのほうは、打ち込みによってシャカリキさと、たたみかけるような性急さを手にいれました。

もっとも、その反動で、かつてのボブ・マーリー的なしなやかなリズムのバネを感じられるものを探すほうが難しくなってきていますが……。

いっぽう、ボサノヴァのほうは、その正反対。
打ち込みを導入することによって、かえってボサノヴァならではの心地よさが増幅されているように私は感じます。

これらは、まさにボサノヴァ特有のある種の倦怠感が、単調な打ち込みによって心地よく増幅されているナンバーなのです。

「興味でました、やってみたいですね」と語るまなさんは「打ち込みボサ」に親しみを感じた様子。特に《イパネマ》には、「原曲を忘れるね!」と身を乗り出してきました。風通しの良いアレンジ、気にいってもらえて嬉しかったです。

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ちなみに、テクノ育ちの私は、打ち込みの演奏にはまったく抵抗を感じませんし、打ち込みだから「いい・悪い」というような二者択一の発想もありません。

ステーキ食うには、箸よりフォーク&ナイフのほうがいいわけだし、クスクスを食べる時もスプーンのほうが食べやすいわけです。

用途、目的に応じて使い分けるのが道具なわけで、たとえば「日本人であるからには箸でなければならない」というような発想自体が、そもそも硬直しているうえに、目的が道具に振り回されている「コダワリという名の狭量さ」の典型です。


送り手が目指す表現に適した手段であれば、それが人力であれ打ち込みであれ、どちらでもいいのです。

そのへんの感覚は、若いまなさんには一発で分かってもらえたけど、マニアックなコダワリさん相手だったら、「分かってない!」と一喝されたかも(笑)。


コダワリは美徳かもしれませんが、時として自身の感性を拘束する重い鎧でもあり、柔軟性を奪うこともあります。

時には感覚と嗅覚に優れた若い世代や女性と意見を交わすことも大事なのではないかと思います。

そこで、ジャズマニアの皆さん、まずは奥さんや彼女と楽しく音楽の会話をする工夫をしてみてはいかがでしょう?! 
気づきや教えられることも多々ありますよ。

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