それはクレーンのせいです(笑)。

いやぁ、先日作ったクレーンのブログの更新楽しいです(笑)。

クレーン・ウォッチング

クレーンの写真をたくさん撮ってコレクションするぞ~!とか、そういうことはまったく考えていなかったんですが、
いざ、画像データを集めてみると、けっこうあるんですよね。

まだデジカメが出回る前から、
フィルムのカメラで撮影した紙焼き写真も結構あるので、その数を合わせると最低でも100枚はあるかな。

ああ、いいクレーンだな、と感じたときだけ記念写真の感覚で撮影していたんですが、気がつけばたまっていた、という感じです。

で、クレーンのブログをアップしながら、
「なぜ、自分はクレーンが好きなのだろう?」
と考えていたのですが、
それはきっと、空(そら)が好きだからなんだと思います。

昔から好きで、小学校の朝礼のときや体育の時間はいつも空ばかり見ていました。

空というキャンバスに、無骨なクレーンや電信柱という「大きな棒」がレイアウトされると、より一層、背景の空の青さ(曇りのときは灰白色)が際立つという、色彩的な快楽が一つ。

あとは、空という背景に、一本の棒が、どのような角度やバランスでレイアウトされるのかというデザイン的快楽も一つにあると思います。

空ににょっきりと、巨大な棒が付き上げられている感じがなんとも違和感で、気持いいんですよね。

この感覚、この感性、この好みは、少なからず音楽鑑賞にも反映されいるように最近感じはじめました。

やっぱり私が大好きな音楽は、
センスの良い音響デザインとでもいうべき、坂本龍一の『B-2 unit』だったり、ライヒのミニマルミュージックだったり。



ジャズだと、楽器間の距離やタイミングの空間配列が巧みなマイルスのアンサンブルだったり、それとは真逆なコルトレーンのアンサンブルだったりしますから。



アンサンブルではなく、個人的な演奏では、跳躍の激しいフレーズの上下で景色を強引に変えてゆくドルフィーや、アクセントの配列が巧みなモンクがやっぱり好きですしね。


「雲さんは、音を視覚で捉える傾向ありませんか?」
1人のみならず、数人のデザイナーにそう言われているので、もしかしたら、そうなのかもしれない。

そして、もしそうだとしたら、
それは、クレーンのせいです(笑)。

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