放送第29回 スコット・ラファロ(3)

ラファロのベースの素晴らしさは、
「ビル・エヴァンスとインタープレイという新たなピアノトリオの手法を確立しました」
という文字情報ではない。

トピックスにはなるけれども、
演奏内容がしょぼかったら
ここまで多くのジャズファンに聴き継がれていなかっただろう。

ラファロのベースは
聴き手の好奇心と想像力と好奇心を刺激してやまないサムシングがあると私は感じています。


lafaro.png

そのサムシングとは何か?

たとえていうなら「行間」なのだと思います。

彼のベースの音やフレーズから、
さまざまな展開や発展を聴き手は働かせやすい。

少なくとも私はそうだし、
ビル・エヴァンスも私以上に想像力と創造力が刺激されたからこそ、あのような素晴らしいピアノを弾いたのでしょう。

彼の示唆するベースプレイからは、無限の展開、発展を期待させるだけの含みと余白を感じられる。
つまり、クリエイティブなのです。

一言でいえば、音楽性が非常に高い。

だから、彼のベースを聴いていると次の展開が予測不能なことが多く、だからこそ彼が繰り出す次の展開に期待し、耳がすいよせられてしまうのだと思います。

同じ白人ベーシストでテクニシャンのベーシストですが、まったくラファロとは資質も音楽性も違うベーシストにニースル・ヘニング・エルステッド・ペデルセンを引き合いに出してみましょう。

ぺデルセンのベースは、非常に饒舌な上に、ものすごいテクニックを駆使してベースを弾くので、ただただ唖然とするしかないのですが、では、物理的な音符の量や速度とは別に、その演奏が聴き手のイマジネーションと挑発するかというと、それはあまりない(笑)。

行間がないから。
饒舌すぎるから。
音の選択が意外と保守的だから。

上記のような理由で、共演者にとっては頼もしいベーシストかもしれないし、聴き手にも破たんのない安定さ加減を約束してくれるでしょうが、イマジネティヴなプレイかというと必ずしもそうではない。

この饒舌さ、先回りをして説明をしてしまう気のききっぷりは、逆に共演者をガンジガラメにし、仕切ってしまう息苦しさもあります。

いや、もちろん凄いベーシストですよ。
ベーシストなら誰もが一度は彼のようなプレイをしてみたいと思うでしょう。

私も、もちろん憧れはあります。
しかし、その憧れはスポーツ選手に対して抱く憧れと同種のもので、いわば、彼の身体能力に対してのもの。音楽性といった感性面に対しての憧れではないんですね。

ラファロの素晴らしさに気づきたければ、意外とぺデルセンのようなオーソドックスなプレイをする超絶テクニシャンのプレイを聴くとよいかもしれない。

両者のあまりにも違うベースアプローチを比較すれば、饒舌だが行間をも設けて聴き手や共演者のイマジネーションを誘うラファロのプレイの懐の深さに気づくことでしょう。

▼凄い演奏だけれどもゲップの出るベースの典型



▼ベースの行間も意識して再鑑賞してみよう





そして、ラファロの卓越したベースワークとは別のところで深く感じられる「行間」のニュアンスは、彼のことを尊敬してやまなかった後輩、チャーリー・ヘイデンの寡黙なプレイに活かされていると感じます。

プレイの内容自体はまったく違うけれど、音楽性の継承とは、フレーズなどといった表層的な内容のコピーではありません。
演奏に臨む姿勢や音に対する考え方が伝わるか、伝わっていないか、なのです。

ヘイデンはラファロの指先をコピーせずに、音楽性を継承し、オリジナリティを確立している唯一の“ラファロ派”ベーシストだと私は思うのですが、いかがでしょう?

この記事へのコメント

  • tommy

    雲さん、こんばんは。

    はい、まったくそのとおりだと思います。
    「行間」の好きな日本人が「ワルツ・フォー・デイビー」を
    愛してやまないのも、アルバムをとおして気持ちが入り込める
    「行間」があるからだと思います。
    チャーリー・ヘイデンのナイロン・ガット弦に対する拘りも、
    間持ちするベースの響きツーことではないでしょうか?
    「ヘイデンは唯一の“ラファロ派”」は正解だと思います。

    雲さんの「スコット・ラファロ特集」の総括は、実にスバラシイ!!
    オイラたちもいいインタープレイができたと思います(笑)。
    2009年04月22日 04:01
  • tommyさん

    ありがとうございます!
    そうなんですよ、気持ちの入り込める「行間」こそが、ラファロの魅力なんですよね。

    以前、tommyさんと「ぺデルセンはうまいけど次の音の予測がだいたい出来るけど、ラファロは予測不可能」といった話をしたことがあるけども、そういう想像力を働かせる余地があること自体、行間のすぐれたベーシストなんだと思います。

    ヘイデンの場合は、「間」もそうだけど、音の「伸び」も相当意識しているんじゃないかと思います。
    それは、tommyさんの書いているとおりだね。
    2009年04月22日 05:39

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