今週のこの1曲を聴くべし!/『スケッチズ・オブ・スペイン』より 《サエタ》

さて、定番コーナーにしようとしている「今週の聴くべし」第2段は、マイルス・デイヴィスの『スケッチズ・オブ・スペイン』だ。

これは、『カインド・オブ・ブルー』とともにコロンビア移籍後の油の乗り切ったマイルスの溌剌としたプレイと音楽性を存分に堪能できる力作だ。

『マイルス・アヘッド』、『ポーギー・アンド・ベス』に続き、ギル・エヴァンス・オーケストラとマイルスとのコラボレーション第3弾で、
3作の中での完成度はもっとも高い内容だと思う。


『スケッチズ・オブ・スペイン』は、多くのジャズ指南書には名盤として紹介されることが多いうえに、あらゆる点が素晴らしい。

素晴らしすぎて、敬して遠ざけているジャズファンももしかしたらいるかもしれない。このアルバムの内容は、ギル・エヴァンスのアレンジといい、オーケストレーションの見事さといい、マイルスのトランペットといい、ジャケットワークの秀逸さといい、スパニッシュ独特の熱さと哀愁がバランスよく見事に封じ込められている点といい、もうどこをとっても完璧とさえ言いたくなるほどのクオリティを誇るアルバムなのだ。

白眉はなんといっても1曲目だろう。

スペインの作曲家ロドリーゴの代表作泣く子も黙る、

ではなく、

泣く子はさらに泣く(?)《アランフェス協奏曲》だ。

この1曲が、このアルバムの名盤度をさらに底上げしていると言っても過言ではない。

この名曲が、音の魔術師・ギルの斬新なオーケストレーションで、マイルドな深みとともに、鋭利なビビットさも獲得しており、この音の見事な音のコントラストは、見事というほかない。

もちろんマイルスの哀愁たっぷりのトランペットも、「参った!」な名演奏。

16分にも及ぶ長尺演奏にもかかわらず、ピーンと張りつめたテンションを崩さないアレンジ力と演奏力。

ほとばしる激情を、溢れさせ過ぎることなく、どこか冷めた目線で知的にコントロールすることで、ますます深まる情感。

この曲があるからこその『スケッチズ・オブ・スペイン』だということに異論をはさむつもりは毛頭ない。

しかし、やはり16分にも及ぶ、3部構成のこの曲、そうそう毎日聴けるものではないことは確か。

一時期は、毎日聴いていたこともあるが、やはり、緊張感のある演奏を集中して聴くと、しばらくは脱力状態に陥ることもたしか。

もしかしたら、私以外のリスナーも、そういうことってありませんか?

挙句の果てには、《アランフェス協奏曲》だけの盤となってしまい、
いつしか棚の奥に押しやられ、
『スケッチズ・オブ・スペイン』を持っている記憶に満足してしまい、
たまに、取り出して聴くにしても、1曲目だけでお腹いっぱい!

こういう人って、意外と多いのでは?

というわけで、今週の聴くべし!は、《アランフェス》ではなくて、
《サエタ》。


《アランフェス》のスパニッシュなフレバーをうまく引き継いだギルのオリジナルだ。

これも、5分足らずの短い演奏ながらも、なかなか起伏に富んだ素晴らしい演奏だ。

イントロのマーチ風のリズムと、管楽器のファンファーレ風の吹奏が異国情緒満点。

いったんリズムが後ろに引き、ボリュームが抑え気味になったところで
まるで独り言のように呟くかのようなマイルスのトランペットが、
ものすごく生々しい。

何万人もの孤独を代弁しているかのような、勇壮でありながらも寂寥感をたたえたトランペット。

この情感、どこまでも澄んだ音色は、リスナーの耳を鷲掴みにして放そうとしない。

ふたたび、マイルスの孤独なトランペットにかぶさるマーチ風のアンサンブル。

まるで映画のいちシーンを見ているようなアレンジだ。

『スケッチ~スペイン』は聴きたいけれども、《アランフェス》はちょっと長くてカンベン!と思ったときは、迷わず《サエタ》をセレクトしてみよう。

尺は短いながらも“絶望度数”は、タイトル曲とほとんど変わらないはずだ。

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