今週のこれを聴くべし!/アート・ペッパー・ミーツ・ザ・リズムセクション

ジャズファンの多くが所有しているであろう「ジャズの名盤」から、そのアルバムを代表する有名曲以外の演奏を取り上げて、じつは、こういういい演奏も隠れて眠ってますよ、ってことを紹介するコーナーなんだけど、今週は、うーん、困った!

取り上げるアルバムは、超有名な名盤



なんだけど、このアルバムを名盤たらしめているのは、そう、皆さんご存知のように、邦題《帰ってくれればうれしいわ》の《You'd Be So Nice To Come Home To》だ。

おそらく、多くのリスナーの方にとっては「耳タコ」な演奏なことだろう。
したがって、《ユード・ビー》以外の演奏で、光るものを改めて探してみた。

大学時代はジャズ研で、このアルバムのほとんどの曲を演奏してみたことがあるので、このアルバムの内容は、スミズミまで頭の中にインプットされているという自負はある。

しかし、気持ちを新たにして、いまいちど、《帰ってくれれば~》に比肩しうる、いや、それ以上の名演奏があるのではないかと、耳を皿にして聴き返してみた。

3回聴きなおした。

……ところが、

困ったことに、ないんですよ(涙)。

やっぱり、《帰ってくれればうれしいわ》の演奏が、このアルバムの中では群を抜いて素晴らしいのだ。

もちろん、他の演奏も素晴らしい出来だ。
しかし、全部同じレベルで素晴らしい。

10点満点だと9点がズラズラと並んでいて、特に突出してイイ!というのが無い。

もちろん、各曲、それぞれ良さや持ち味はある。

しかし、どういうわけか、このアルバムでは、やはり《帰ってくれればうれしいわ》が、他の演奏を色褪せてしまうほどの、不思議な突出感がある。

アルバム全体の統一感からはみ出しているわけではないのだが、他の曲の出来がすべて9だとすると、《帰ってくれればうれしいわ》だけが、10点!いや、11点ぐらいに得点が上乗せしたくなるサムシングがある。

ペッパーのアドリブの冴え、リズムセクションの躍動感。

うん、もちろんそれはある。

しかし、それだけであれば、他の演奏だって同じように、ペッパーのアドリブにしろリズムセクションのサポートにしろ高水準のクオリティがある。

では、他の演奏と《ユード・ビー》を決定的に差をつけているものは何だろう?

これは、ペッパーの解釈だと思う。

この曲をペッパーなりに非常にユニークに解釈して、ペッパーにしかできないアプローチで吹奏しているのだ。

いや、解釈というとちょっと語弊があるかもしれない。

この曲が演奏される直前まで、ペッパーはこの曲を知らなかったのだから。

レッド・ガーランドがピアノで旋律を弾き、この曲の旋律を教えたという逸話がある。

つまり、ペッパーはこの曲をあまり知らないまま、うろ覚えで演奏をしたというわけだ。

だからこそ、歌詞の意味を含めて、この曲の「ココロ」のようなものを深く理解せぬまま、それでもなんとか満足ゆくカタチに落とし込もうと演奏した結果が、類まれなる名演に仕上がったというわけ。

それが良かったのだろう。
そして、それがジャズの面白いところなのかもしれない。

必ずしも、入念な読み込みや、対象への深い考察や研究をせずとも、ときとして素晴らしい演奏を生み出してしまうことがある。

ジャズの中に「即興」というシステムが大きなパーセンテージを占め続けているのも、「即興演奏」がその人の人間、資質を引き出すのにもっともふさわしいシステムだからなのだろう。

つまり、対象(曲)を知ればしるほど、嘘をつきやすい。

うわべだけの心地よいセリフで、その場を取り繕うことができる。

「《帰ってくれればうれしいわ》について、はい! 今から3分間自由にしゃべってください。」

とふられたらどうする?

おそらく、この曲に予備知識のある人は、
「作曲者はコール・ポーターで、男の帰りを待つ女の心を歌った内容で……」

などと、借り物の知識で、その場を取り繕い、なんとか3分間持たせることができるかもしれない。

でも、それって、面白いか、面白くないかと問われれば、きっと面白くない内容だと思う。

では、アート・ペッパーの場合は?というと、彼は、この曲を知らなかった。

だから、必死に自分の言葉で《帰ってくれればうれしいわ》についてを語った。

もしかしたら、この曲本来の意図から外れた内容を語ってしまったのかもしれない。

しかし、だからこそ、即興で知らない曲を語らねばならない必死さの中から、アート・ペッパーという人間性がポロリと表出され、とおりいっぺんの《帰ってくれればうれしいわ》とは一線を画する、聴き手の心を打つ内容に仕上がったのだと思う。

そして、偶然の要素も強いのかもしれないが、ペッパーの語り口と、この曲のムードがピッタリと結びついてしまった。

ペッパーが中途半端に、《帰ってくれればうれしいわ》という歌の知識を知った上で演奏に臨んでいたら、このような結果にはならなかったことだろう。

ジャズの持つ、イイカゲンな部分、テキトーな部分、緩さをも許容してしまう懐の深いシステムが幸福に作用した例が、アート・ペッパーの《ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ》なのだ。

よって、今週の「この一曲」は、『ミーツ・ザ・リズムセクション』の1曲目!

耳タコだよ~という人も、ペッパーのアルトサックスだけに集中して、いま一度彼のアドリブを追いかけ、なぞってみよう。

一聴あっさりかもしれないが、これが前期ペッパーのテイスト。じつは、鬼のようにインプロバイズしていることがわかるはずだ。

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