集団即興演奏の欠陥


たとえ少人数で演じようとも、すこしの編曲もされていない、おのおの独自の勝手気ままなアドリブが、多声音楽(ポリフォニー)として、りっぱな音楽になっているというのは、玉突きのフロック(偶然命中)的出来事でありまして、実例としては、一九三五年――七年の、テディ・ウィルソンのレコーディングのラストコーラスを聞けばわかるのです。ウィルソンが集めたレコーディング・コンビネーションは、当時最高のインプロヴァイザーばかりです。かれはきまって、ラストコーラスを純粋即興ジャムセッションで終えましたが、二百数十面の吹込みレコード中、やっと十面程度が、どうやら聞くにたえるにすぎません。(すこし辛すぎますかね)とすると、最高のミュージシャンの寄合いをもってすら、二十分の一以下の確率しか生れていない――というのは、たしかに、コレクティヴ・インプロヴィゼーションの大きな欠陥を露呈しているわけです。(油井正一『ジャズの歴史』より)


ジャズの歴史 (1968年) [-] / 油井 正一 (著); 東京創元新社 (刊)

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