エヴァンスとコルトレーン


(マイルス・グループでの)最後の共演は、1958念11月4日から16日までの『ヴィレッジ・ヴァンガード』への出演とされる。そして、そのころにはエヴァンスがグループの誰よりも重度の常習者となり、人気グループゆえの過酷なツアーに耐えられなくなっていた。

だがエヴァンスが脱退した理由には、音楽的な要因もすくなからずあった。マイルスにとって完璧なグループであったものの、エヴァンスとジョン・コルトレーンの音楽性は相容れるものでなく、しばしば口論が開かれたという。ちなみにキャノンボールはマイルスとの活動期間と並行して行ったリーダー作の録音にエヴァンスを起用しているが、コルトレーンの場合は、あえてエヴァンスの前任者であるレッド・ガーランドに声をかけるなど、エヴァンスの演奏に共感していなかったことを示唆している。この時期とエヴァンスとコルトレーンの共演は、ジョージ・ラッセルの『ニューヨーク、N.Y.』における1曲以外、残されていない。
(中山康樹『ビル・エヴァンスについてのいくつかの事情』より)

ビル・エヴァンスについてのいくつかの事柄 改訂版 [単行本] / 中山 康樹 (著); 河出書房新社 (刊)
ビル・エヴァンスについてのいくつかの事柄 /中山康樹


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