放送第1回 ビル・エヴァンス特集(2)


さて、昨日の「ビル・エヴァンス特集」の続きです。


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2曲目にお送りしたのは、『ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング』というアルバムからタイトル曲です。



この曲は、フランスのポピュラー音楽作曲家の大家、ミッシェル・ルグランの作品です。
『ロシュフォールの恋人たち』という映画の挿入歌でもあります。

エヴァンスが亡くなる数年前の演奏ですが、エヴァンスのピアニズム全開!

なぜ、この曲を選んだのかというと、「ビル・エヴァンスは晩年も素晴らしいんだよ」ということを主張したかったからです。

ビル・エヴァンスの代表作というと、どうしても、『ワルツ・フォー・デビー』を含む、スコット・ラファロが参加した4枚のアルバムがクローズアップされがちです。

   

リヴァーサイドというレーベルに録音されたアルバムなので、「リヴァーサイド4部作」と呼ばれています。
もちろん、この4枚はどれもが傑作です。

しかし、この4枚だけがエヴァンスじゃないんだなぁ~、当たり前だけど。

エヴァンスの長いキャリアの中では、この4枚の傑作を録音した後も、彼は20年近くピアノを弾き続けています。

当然、ピアニストとして成長を繰り返し、成熟度も増していますし、表現にも深みが増してきていることも確か。

しかし、多くのジャズファンは、エヴァンスの「リヴァーサイド4部作」を聴いて満足してしまっている節がなきにしもあらず。

ですので、「晩年にもいい演奏がありますよ。」という意思を込めて、深みのある演奏を選曲してみました。

このアルバムをエヴァンスの最高傑作とするファンも多いぐらいですので、もし、初期のエヴァンスしか聴いたことのない人は、是非、『ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング』 も聴いてみてください。

絶望的なほどにロマンスの嵐です。

この演奏にも、一か所、胸を突くアドリブのフレーズがあるのですが、音を拾うの忘れてしまい(汗)、番組中ではキーボードで例示できませんでした……。

さて、3曲目は《ブルー・イン・グリーン》です。
これは、マイルスの『カインド・オブ・ブルー』というアルバムからの選曲です。



短い期間ですが、エヴァンスはマイルス・デイヴィスのグループに所属していました。

すでに、黄金のカルテットを率い、実質的にジャズの王座に君臨していたマイルス。
そろそろ次のステップに進もうとしていたところにあらわれたピアニストが、ほかならぬエヴァンスでした。

今までのマイルスが雇ったピアニストとは違うタイプの資質を持っていたピアニスト。
マイルスは喜んで彼をグループに引き入れます。

二人の出会いは互いにとって良い刺激になりました。
特に恩恵を受けたのは、マイルスのほうではないでしょうか?

エヴァンスがいなければ、マイルスの音楽は違う方向になっていたかもしれませんし、エヴァンスがいたからこそ、マイルスは歴史的な名盤『カインド・オブ・ブルー』を完成させることが出来たといっても過言ではありません。




『カインド・オブ・ブルー』の中でもひときわ静謐で美しい《ブルー・イン・グリーン》という曲。

この曲のクレジットはマイルスとなっていますが、実質上、エヴァンスの作曲といっても過言ではありません。

しかし、マイルスの示唆がなければ、エヴァンスもこの曲を作っていなかったわけで、このあたりのところは、私の考えは番組でも述べさせてもらいました。

さて、次に進みましょう。

『カインド・オブ・ブルー』を含め、4曲目、5曲目、6曲目の選曲は、ピアノトリオは選びませんでした。

エヴァンスは、「ピアノトリオの人」というイメージの強い人かもしれませんが、じつは、ピアノトリオ以外のフォーマット(編成)での録音も数多く残している人です。

よって、

・ギターとのデュオ
・ハーモニカとのデュオ (しかもエヴァンスはエレピを弾いているもの)
・フルートとの共演

を選んでみました。

ギターとのデュオは、『アンダー・カレント』というアルバムから。



《マイ・ファニー・バレンタイン》を選びました。

通常のテンポよりもかなり速い速度で演奏される緊迫感のあるスリリングな演奏です。

フランク・シナトラなどの歌のテンポを思い出しながら聴くと、あっという間に馴染みの旋律が通り過ぎてしまう可能性があります。

なので、聴く前のガイドラインとして、この曲をかける前には、キーボードで最初のメロディをちょこっと弾いてみましたが、実際のテンポよりも速過ぎた! 
……失礼しました。

ジム・ホールのギターも渋いですが、後半に出てくるエヴァンスのアドリブが冴えわたっています。

お次は、『アフィニティ』というアルバムから。



このアルバムの隠れファン、じつは私のまわりには多いです(笑)。

一言、とろけるように気持ちの良いアルバムとでもいうべきか。その理由の一つに、エヴァンスがエレピ(エレクトリックピアノ)も弾いているという点があります。

アタックの強いアコースティックピアノではなく、音の立ち上がりのまろやかなエレピを使用することによって、今までのエヴァンスとはちょっと違う風情を出しています。

くわえて、ハーモニカも参加。
トゥーツ・シールマンスというベテランハーモニカ奏者です。

エレピとハーモニカの音色が綺麗に溶け合い、それはそれは世にも美しく、せつない音風景を描き出しています。

短い演奏ですが、リキッド状にとろける時間をお楽しみくださいね。

さて、次行きます。

お次は、『ホワッツ・ニュー』というアルバムから。



ジェレミー・スタイグというアグレッシヴなフルート奏者の参加で有名なアルバムです。

どちらかというと「静」のイメージの強いエヴァンスの「動」のダイナミックさを楽しめるアルバムとして引き合いに出せれることが多いですね。



しかし、今回はあえて、叙情的なナンバーを選んでみました。

《スパルタカス~愛のテーマ》です。

一言、泣けます。
しんみりきます。

この曲は、映画『スパルタカス』のメインテーマです。

カーク・ダグラスが主演の映画なんですが、彼は、マイケル・ダグラスのお父さんですね。
ハッキリ言って、息子より男前です(笑)。

で、そのカーク・ダグラスが、スタンリー・キューブリックを監督に雇って作った大作です。

キューブリックらしいというか、ローマの正規軍に蹂躙され、敗北したスパルタカスの奴隷軍のおびただしく積み重なる死体の山々が、なんというか油絵のように美しいというと語弊がありますが、ひとつの絵のように描かれているシーンが圧巻の映画です。



これは関心のある方には是非ご覧いただきたい、長編スペクタル映画なのですが、
この映画の随所に挿入される音楽が《スパルタカス・愛のテーマ》。

印象的な旋律が映画の感動を盛り上げる重要な役割を果たしています。

……しかし、オーケストラで演奏される映画の音楽のほうも、感動的なんですが、エヴァンスとスタイグによる演奏は、はっきりいってそれ以上の感動を与えてくれるでしょう。

いやぁ、素晴らしい。

エヴァンスも細かく伴奏を工夫していますし、よっぽどこの曲が好きなんだな、思い入れがあるんだな、と感じてしまうピアノです。

いや、きっと思い入れがあったに違いありません。

エヴァンスの最良のパートナーともいえるベーシストにスコット・ラファロがいました。

さきほど、「リヴァーサイド4部作」について触れましたが、この4枚に参加しているベーシストですね。

彼のベースは、単なる伴奏のみならず、どんどんメロディでピアノに絡んでくる革新的な奏法でした。

この奏法が、エヴァンスに大いなるインスピレーションを与え、ピアノトリオの新しい形を築きあげました。

しかし、車の事故でラファロは亡くなり、結局、エヴァンスとの共演で残されたアルバムは4枚のみとなりました。

自分に大いなるイマジネーションを与えたラファロの死をエヴァンスは大いに悲しみました。ラファロの死後1年の間は立ち直れなかったほどです。

ラファロが着ていたジャケットを羽織って、雨の中のニューヨークをとぼとぼ彷徨っていたという逸話もあります。

二人は、音楽だけの付き合いではなく、プライベートでも仲が良かったようで、オフのときも一緒に遊んだりしていたようです。

そして、エヴァンスとラファロが観にいった映画が、『スパルタカス』だったんですね。

ラファロの死後、数年経ってからのレコーディング。

おそらくこの曲を弾いているときのエヴァンスは、亡きラファロと観にいった「スパルタカス」を思い出し、また、ラファロとの思い出に浸っていたのかもしれません。

ま、これはあくまで私の推測にすぎませんが、でも、そういった想像をめぐらせながら聴くと、また聴こえ方が変わり、曲に愛着がわいてきますね。

ちなみに、番組中で私は、「この曲を演奏している他のジャズマンは知らない」みたいなことを言ってますが、スイマセン、他にも演奏している人います(笑)。

収録中にしゃべっているときに思い出せなかっただけで、考えてみれば、ラムゼイ・ルイス(p)とか、ウルフ・ワケーネス(g)といったジャズマンがこの曲を取り上げてますね。

……ただ、エヴァンスの演奏ほど深くない、というのが正直なところですが。
とくに、ラムゼイ・ルイスのもったいぶった弾き方は、正直あんまり好みじゃありません。

やはり、《スパルタカス》といえば、エヴァンスですね。

さてさて、最後の曲になりました。
最後は、私の本音というか、もっとも好きな時期のエヴァンスをかけさせてもらいました。

『エブリバディ・ディグス・ビル・エヴァンス』 というアルバムから、《マイナリティ》というナンバーです。



今回、番組でかけた演奏の中では、一番エヴァンスが若いころの演奏です。

私は初期のエヴァンスが好きなんですね。
まだ、ベースのスコット・ラファロや、ドラムのポール・モチアンとトリオを結成する前の時期です。

もちろん、初期以外の時期の演奏も好きですが、個人的に一番、ゾクっとくるのは、まだスタイル確立される一歩手前の状態のエヴァンスなのです。

あの独特の固さ、張りつめた緊張感、硬質なノリ。

ドラム、ベースがステディなリズムを繰り出すからこそ浮かび上がるエヴァンスの斬新さと、この時期のほかのピアニストとは一線を画する異様な個性。

『グリーン・ドルフィン・ストリート』というアルバムに収録されている《あなたと夜と音楽と》もそうですが、私がゾクッとくるテンション感は、ザクッとしたフィリー・ジョー・ジョーンズのドラミングによるところが大きいのかもしれません。



エヴァンスはベースにうるさい人ではありましたが、じつは、ドラマーにもうるさかったようで、自分を鼓舞してくれるタイプのドラマーを好んだといいます。

もちろん、フィリー・ジョーもまさにエヴァンスお気に入りのドラマーの一人でした。

彼の叩き出す、エネルギッシュで、ジャズの香りをたっぷりとふりまくドラミング。

そして、エヴァンスのシャキッとしたピアノ。
もうたまらんです。

そんなわけで、最後は一番私が好きな時期のエヴァンスをかけさせてもらいました。

さて、今回の番組での選曲で、おそらくマニアの方は、「スコット・ラファロとの絡みがない!」という意見が出てくるかもしれません。

そう、エヴァンスとラファロ、そしてドラマーのポール・モチアンの3人は「インタープレイ」という今までのピアノトリオにはない、新しい「3者対等で演奏を形作ってゆく」演奏手法を確立させました。

ドラムもベースも単なる伴奏役に甘んじるのではなく、積極的にピアノに絡む演奏です。

最初にかけた《マイ・フーリッシュ・ハート》は、たしかにベースがラファロで、ドラムがポール・モーチアンなのですが、どちらかというと、彼らはピアノのサポート役に回り、ピアノには積極的に絡んでいません。

モーチアンのシンバルは美しいけれど、どちらかというと、消え入るような、はにかむようなエヴァンスのピアノを堪能するナンバーで、エヴァンスらが確立したインタープレイの醍醐味を味わう演奏ではありません。

だから、「エヴァンスを語るのにインタープレイを抜きにして語るとはケシカラン!」という声も聞こえてくるかもしれませんが、ご安心を。

今後「スコット・ラファロ特集」を組むことを念頭に入れたうえでの選曲なのです。

ラファロの凄さ、インタープレイの醍醐味は、むしろ「ラファロ特集」のほうに温存しておきたかったという考えがあります。

くわえて、初心者のための優しいジャズの番組を目指す以上、いきなり「インタープレイ」云々を持ちだしてしまうと、いきなり番組一回目から敷居の高い内容になってしまいます。

ですので、今回の選曲はあくまで、「エヴァンスの多様な魅力を俯瞰しましょう」というスタンスで行いました。

ラファロの特集には、当然、ゲストで適任者がいらっしゃいますので、今は明かせませんが、その方にご登場願おうと考えています。

……というわけで、放送第1回目の内容紹介でした。


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