最晩年の吹き込み。明るさがやけに悲しい/リターン・オブ・バド・パウエル


いつも、複雑な思いでこれを聴いている。


ザ・リターン・オブ・バド・パウエル

バド・パウエル最晩年の録音。

渡欧し、生活の拠点と演奏の場をフランスに構えたバド・パウエルだが、
死ぬちょっと前に本国に帰国している。

結果論から、
「彼は、死を悟り、生まれた祖国に戻った」
と言われてはいるが、
実際のところは分からない。

先日行われた「いーぐる」でのバド・パウエル特集のパーソナリティ八田氏によれば、
アメリカに戻っても十分活動していけるぜ! という確証をなんらかのカタチで掴んで、意気揚々とアメリカに帰国したようだ。

しかし、パウエルが渡欧しているあいだに、本国のジャズシーンはめまぐるしく変化し、
結果的にパウエルは、浦島太郎状態に。

めまぐるしくコードが変化してゆくコルトレーン・チェンジに、モード奏法……。

かつてはビ・バップのピアニストで名をとどろかせたパウエルのピアノのスタイルは、すでに古びていた。

実際、コルトレーン・チェンジに挑んだ演奏も残されてはいるが、……かなりヒドい出来。
もはや、時代は彼を置いてけぼりにした感もあり、聞くたびに悲しい気持ちになる。

もっとも、音楽の感動はスタイルの新しい、古いではない。パウエルはもとよりビ・バップピアニストだし、ビ・バップピアノのスタイルを考案した張本人でもある。

だから、自分がもっとも得意とするフィールドで、表現すれば良い!
……はずなのだが、
すでに、往年の溌剌としたプレイは望めず、ボロボロ状態になりながらも必死にピアノにへばりついている感が否めない。

しかし、すべての演奏がそうというわけではなく、小康状態を取り戻したかのように、嬉しそうにピアノを弾いている演奏も少なくない。

この『リターン・オブ・パウエル』がまさにそう。
ジャケットの笑みが象徴しているように、パウエルは、無心にピアノと戯れているかのようなプレイをする。

もちろん、テクニック的にはボロボロといっても過言ではない。
不思議なことに、だからこそ、私はこのピアノに惹かれ、不思議な感動を覚えるのだ。

ボロボロでありながらも、ボロボロの中での最上級の音を出そうとつとめ、実際、テクニックと表現欲求の折り合いのついた「聴ける」演奏も少なくない。

もちろん、これがラストアルバムだという感傷も手伝うが、それでも、このアルバムから受ける不思議な感動は、ピアノの一音一音に、ありのままのパウエルの全存在が封じ込められているからなのだろう。

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