放送第15回「You'd Be So Nice To Come Home To(帰ってくれればうれしいわ)」(2)

本日ミュージックバードで午後10時から放送される「快楽ジャズ通信」の特集は《You'd Be So Nice To Come Home To(帰ってくれればうれしいわ)》です。


本日は、私が考える「この曲のキモ」の箇所について書きましょう。
放送を聴きながらご覧になっている人は、
サクサクっと読んでいただき、キモの部分に耳をこらすのも良いかもしれませんね。


《You'd Be So Nice To Come Home To(帰ってくれればうれしいわ)》という曲を、この曲たらしめている、もっともキモとなる部分は、5~6小節目の響き、メロディだと私は感じています。

つまり、歌詞で言うと、

♪You'd be so nice to come to home to~

のところが、1~4小節目で、
5~8小節目が、

♪You'd be so nice by the fire~

ですが、
その最初の、

♪You'd be so nice~
の部分ですね。


ここの2小節が醸し出す香りが、
もっともこの曲らしいと私は感じます。

なので、様々なジャズマンが演奏するバージョンを聴く際は、
どうしてもこの5~6小節目に注目してしまいます。

この2小節をどう処理するか、
この2小節をどう演奏するか。

ここに各々のミュージシャンのセンスや力量、音楽観、
ひいてはこの曲に対しての思いがあらわれると思うからです。


私が最初に虜になったのは、アート・ペッパーのバージョンでした。




ふうわり、さらり。
さり気なく哀感をこめて。

この曲のキモの部分も、何事もなかったかのように、さらり通り過ぎる風のように、アルトサックスでメロディを吹いています。

ここの箇所にやられてしまった人は多いのではないでしょうか?

非常に印象に残る演奏です。


番組ではかけませんでしたが、これと対照的なのが、ポール・チェンバースの『ベース・オン・トップ』のバージョンかな?



♪ソーソーソファーソ・シ♭ソシ♭ソファソー

ベースの1弦目の開放弦、ソの音を主軸に、
かなりあっさりとしたメロディ処理をしています。


これもまた長尺演奏ゆえ、番組ではかけなかったのですが、
セシル・テイラーの『ジャズ・アドヴァンス』の演奏。



フリージャズの騎手、セシルの初リーダー作ですが、早くもこの時期から彼は、この曲をあとかたもなく破壊しています。

いや、破壊というよりは分解かな?

私ははじめてセシル・テイラーの《帰ってくれればうれしいわ》を聴いたときは、どうしてこの演奏が《帰ってくれればうれしいわ》なのだかサッパリ分かりませんでしたし、彼の音楽的なもくろみが皆目見当つきませんでした。

今でも完全に解明したという自信はありませんが、
今では、「なるほど、こういう《ユード・ビー》もありだな」と思っています。

あくまで喩えなので適切な表現じゃないかもしれませんが、
ドライバーやレンチで《帰ってくれればうれしいわ》という曲を丁寧に分解して、それぞれのパーツを違った組み合わせをすることによって、「こういう聴かせ方もアリなんじゃないの? これがオイラの美学なのさ」と聴衆にプレゼンテーションしているように聴こえるのです。

それが証拠に、曲のメロディはあとかたもなく解体されているにもかかわらず、例の“5小節目、6小節目”の片鱗がハッキリと出てくる箇所があるのです。

セシルも、この曲のキモだと認識していたのでしょう。


バド・パウエルもセシルほどではないにしろ、例の2小節の響きを「いただき!」と思った人の一人だと思います。

《ユード・ビー》の冒頭8小節のコード進行を“いただいて”しまい、
残りの8小節は、Cmのブルースのラスト4小節を2回リピートしてくっつけることによって、《ブルー・パール》というオリジナルの曲にしてしまっています。




パウエルの場合は、例の2小節のアプローチは、旋律を弾かず、和音で処理していますね。
コードの響きと流れが気にいっていたのかもしれません。


このように、「この曲ならでは」の特徴が非常にハッキリとしている曲なので、特に初心者は、《枯葉》と同様、様々なミュージシャンの演奏を聴き比べながら、ジャズの興味の触手を広げてゆくと良いかもしれません。


入門者からマニアまでを虜にする魅力のある《帰ってくれればうれしいわ》。
末永くく楽しめる曲だと思いますよ。


この記事へのコメント

  • まるしお

    ●「帰ってくれればうれしいわ」という邦題は「You'd Be So Nice To Come Home To」の誤訳だというのは結構有名な話ではないでしょうか。「帰って行けたら嬉しいのに」が原詩の正しい訳だそうです。

    ●番組冒頭で雲さんは、戦場へ赴いた兵士に対する妻や恋人の「帰って来て欲しい」という気持と解説していましたが、実は逆で、戦場の兵士の、故郷の妻や恋人の元へ「帰って行けたらどんなに嬉しいのに」という心情なんですね。

    ●番組中盤でこの詩の訳が朗読されましたが、これは正しい訳でした。私は思うのですが、このとき、雲さんもディレクターも、「あれ、冒頭の解説と違うな」と思わなかったのでしょうか。
    ●結局誤解説が正されることなく番組は放送されてしまいました。これでは、最初の、ジャズ喫茶でねばる客に対してこの曲をかけたというジョークも生きません。リー・コーニッツ同様、雲さんもディレクターも、「歌詞のことなんか考えていない」ということになってしまい、とても残念です。私にとっては後味の悪い放送になってしまいました。
    2009年01月12日 12:30
  • tommy

    雲さん、こんばんは。
    オイラ、ジャズはコード理論が分ればもっと楽しめる事が分ったよ(笑)。ジャズを聴くのに楽器も音楽理論も分らなくていいというのはウソですね・・・それはそうい楽しみ方というだけのことです。特にスタンダード曲の場合は、コード理論が分っているともっと楽しい。
    2009年01月12日 20:23
  • ●まるしおさん
    いつもアドバイスありがとうございます。
    ご指摘の歌詞の件は、まさに今回3回目の解説のテーマでした。
    先日書いて本日の10時にアップするようセットしていたんですが、これから急いで加筆するようにします。
    その中に今回のご指摘の回答も混ぜておくようにします。
    ではでは。
    2009年01月12日 20:43
  • ●tommyさん

    こんばんは。
    そうそう、コードは知らないよりは知っていたほうが楽しみが広がることは確かです。
    もちろん、楽しみで聴いているジャズファンには必要ないと思います。
    しかし、私は、評論家はちょっとした知識程度は持っていたほうがいいと思っています(たとえレビューに書かないにしても)。出来れば、たしなむ程度でもいいから、楽器も弾けたほうが、いい。
    ちょっとズルいたとえかもしれませんが、分かりやすく料理評論家を例にとります。
    素材や調味料や調理法も知らない料理評論家のオススメ料理って食べたいとは思いませんよね? 
    「この料理人は、何年何月どこどこで生まれて、どこどこのホテルで修行を積んだ。」
    あるいは、
    「彼の料理は、この世にサヨナラを告げているのだ」
    こういった料理レビューでは食欲わきませんよね?
    それと同じ理由です。
    2009年01月12日 20:59