放送第15回「You'd Be So Nice To Come Home To(帰ってくれればうれしいわ)」(3)

今回は歌詞についてです。

じつは、収録後しばらくしてから、「ブログに補足説明書かねば、誤解が生じてしまうかもしれない」と思っていたことです。
(もちろん放送は放送で完結するべきだと考えているので、ブログでの補足を当てこんで喋ってるわけではないのですが……)

それは、歌詞の解釈について。

話した内容を反芻すればするほど、こちらの意図を補足説明しておかないと、人によっては誤解されるおそれがあるぞ~と、「帰ってくれればうれしい解説」3回目のテーマは歌詞にしようと、じつは数日前に本日アップ予定のテキストを書き、本日22時にアップするよう予約をしておいたのです。

ところが、やはり、というべきか、記事をアップする前に鋭い方からのご指摘があったので、今回はアップ予定だったテキストに急ぎ加筆してアップします(22時までに間に合うか?!)。

ご存じの方も多いとは思いますが、《You'd Be So Nice To Come Home To(帰ってくれればうれしいわ)》という歌の歌詞の解釈は、大きく2種類あります。

もちろんコール・ポーター(作詞・作曲者)にとっては1つの意味なのでしょう。

しかし、日本においては、翻訳という作業を通して、同じ「帰る」という意味も、「あなたが帰ってくる(来る)」という意味と「あなたのもとに帰る(行く)」という2種類の解釈があります。

大橋巨泉の解釈が長らく日本では定番となっており、その訳の意味は「あなたが帰ってくれれば嬉しいわ」のほうの意味です。

おそらくこちらのほうがスタンダードというか、長らく多くの方の共通認識だったのではないかと思います。
私も番組では、この解釈を前提に話を進めています。

ところが最近では、「あなたが帰ってくる」は誤訳ではないか? むしろ「あなたの元に帰っていけたら~」のほうが正確ではないか?という解釈が定説のようです。

では、私はどう考えているのか。
他の曲を引き合いに出してみます。

以前、ゲスト出演した市原ひかりさん(tp)が、
「《マイ・ファニー・ヴァレンタイン》は女性が男性に歌った歌だと思う」
とお話したときに、私は
「うん、そういう考えもアリだよな」
と素直に頷いてしまうほどの性質なので(笑)、正直、歌詞の意味は、たとえ本来の意味から離れていたとしても、表現者が自由に解釈し、それに基づいた素晴らしい表現をすれば、それでいいんじゃないか?と思っています。

演奏者が、自分の解釈に自信を持ち、迷いなく表現してくれるなら、あまり細かなことを突っつくよりも、自由に想像力と創造力をはばたかせて欲しいし、それこそが「個性」を何よりも重視するジャズらしいと思っているからです。

というか、私はスクエアなことが大っ嫌いだからこそ、「ノー・ルーム・フォー・スクエア」な精神のジャズが好きなのかもしれない(笑)。

そんな私ですから、以前、あるヴォーカリストの知り合いが、
「最近の女性歌手には《イパネマの娘》の歌詞の“♪ガール・フロム・イパネマ”のところを“♪ボーイ・フロム・イパネマ”に変えて歌う人が増えているからけしからん」
みたいなことを言ったときも、
「別にどっちでもいいんじゃない?」
と言ってご機嫌を損ねてしまったこともあります(笑)。

女性の歌手が、わざわざこの曲を作った男の気持ちになって、イパネマの女の姿に「はぁ~」とため息をつく歌を歌うのもアリだとは思いますが、説得力がないとリアリティないじゃないですか?

女性だったら、“イケメンが歩いてる・はぁ~”のほうがリアリティ出るし、ストレートじゃないの? と思うんですよね(笑)。(もちろん解釈は歌う人にお任せですが)

だから、ひかりさんのマイ・ファニーの解釈も、本来は男性が女性に歌った歌かもしれないが、女性の市原さんだったらむしろ男性に語りかけるようにトランペットを吹いてくれたほうがスッキリするし、自然だと思いました。

クラシックだったら、作られた曲の背景や歴史、作曲意図までをも勉強する必要があるようですが、ジャズの場合は、演奏者が「俺はこう思うっ!」「私はこう思った!」を自由に主張し、ぶつけられる音楽です。
逆にそれが無いジャズってつまらない。

コード進行だって、リハーモナイズといわれ、作曲者のつけた和音の改変(もちろん改悪の場合もある)も日常茶飯事です。
ペトルチアーニなんかは、1小節目がマイナーコードの《枯葉》を思いっきりメジャーコードで鳴らす演奏もありますが、それは彼が「そう感じ」、「そうしたかった」からこその改変であり、おそらくジョセフ・コズマの作曲意図が云々といったことは考えていなかったはずです。

曲に最低限の敬意を払うことは必要かもしれませんが、敬するばかりで勢いのない演奏よりも、曲を素材とみなした自己表現こそがジャズ的表現の真骨頂だと私は信じます。

だから、《イパネマの娘》の場合、歌詞がガールがボーイに変わったぐらいで目くじら立てることないじゃん?と思ってしまうのです。

だから、歌詞の解釈にも、鷹揚というかそれほどコダワリが無い私ではありますが(要はイイカゲン?)、正直、《帰ってくれればうれしいわ》に関しては、2つのまったく違う解釈があることを知っているだけに、どう紹介しようかと迷ったことは事実です。

結論から言うと、番組中では詳しく解説しないことにしました。

歌モノは、ヘレン・メリルを冒頭にかけただけですし、他の曲の収録時間もパンパンなので、逆算するとトークの時間もあまりない。
だから、両方ともじっくりと解説する時間がなかったので、歌詞の解釈よりも演奏面の解説のほうを優先させました。

今回の選曲も、歌モノに重点を置いた内容ではなく、「多様な演奏スタイル」を念頭においた内容だったからということもあります。


なので、以下に引用する、この番組の熱心なリスナーである まるしおさんからのご指摘にもあるように、この曲の歌詞に思い入れのある方にはストレスの残る内容になってしまったことは否めません。


まるしおさんからの投稿

●「帰ってくれればうれしいわ」という邦題は「You'd Be So Nice To Come Home To」の誤訳だというのは結構有名な話ではないでしょうか。「帰って行けたら嬉しいのに」が原詩の正しい訳だそうです。
●番組冒頭で雲さんは、戦場へ赴いた兵士に対する妻や恋人の「帰って来て欲しい」という気持と解説していましたが、実は逆で、戦場の兵士の、故郷の妻や恋人の元へ「帰って行けたらどんなに嬉しいのに」という心情なんですね。
●番組中盤でこの詩の訳が朗読されましたが、これは正しい訳でした。私は思うのですが、このとき、雲さんもディレクターも、「あれ、冒頭の解説と違うな」と思わなかったのでしょうか。
●結局誤解説が正されることなく番組は放送されてしまいました。これでは、最初の、ジャズ喫茶でねばる客に対してこの曲をかけたというジョークも生きません。リー・コーニッツ同様、雲さんもディレクターも、「歌詞のことなんか考えていない」ということになってしまい、とても残念です。私にとっては後味の悪い放送になってしまいました。


まるしおさん、いつも番組を聴いていただき、細かなご指摘いただきありがとうございます。
大変参考になります。

大変まっとうなご指摘であり、まさに、このことについて補足説明せねばと思っていたところでした。

まるしおさんのご指摘通り、「帰って来たら」と「帰って行けたら」の両方の解釈に対して決着をつけないまま(というか本音を言えば両方出して解説したかった)、両方の意味を番組中に出したので、知識をお持ちの方には混乱を招く結果になってしまったと思います。

私の場合は?というと、長らく大橋巨泉訳の解釈で理解していました。

その発端は、ポール・チェンバースのベースの譜面が掲載されている『ジャズ・ライフ』のたしか1989年の11月号(だったと思う)に掲載されていた歌詞が最初の出会いだったからです。

歌詞の意味をかみしめながらベースを弾こうという解説だったので、とにもかくにも譜面の隣ページに掲載されている歌詞に目を通しながらベースの練習をしていました。

あみんの♪私、待~つ~わ、いつまでも待~つ~わ な気分でベースを弾いていました(笑)。

だから、長らく私の中には、「帰ってきて欲しい」の意味のほうが横たわっていたのですね。

だから「帰ってくれ(come back)」を前提とした、真逆の解釈「帰ってくれ(出て行け=get away)」のおかしさを番組冒頭のジョークとして使ったわけです。

そしてもう一つは、これは勝手な私の思いこみかもしれませんが、いまだに歌詞の意味を「帰ってきて」で理解している人も多いのではないか? だったら、その思いを大事にして、その共通認識を前提に則った解説のほうが適切ではないか?という判断でした。
(実際収録前には何人かにリサーチをしたのですが、ほとんどの方が「帰って“来る”」のほうの解釈で理解していました。え?そうなの!? 俺、違った意味でヘレン・メリル聴いてたの!?とショックを受けている人もいたほどでした)

今まで信じ、味わってきた歌詞の意味を「本当の意味は違うんですね~、じつは……」と解説するのもヤボな行為かな、と。

さらに、歌詞付きの曲は番組冒頭の1曲しかかけないし、今回の特集の趣旨は「演奏バリエーションの多彩さ」に主眼を置いていたので、限られたトーク時間の中で、歌詞の解釈云々までを言及する必要もないだろうという時間的制約&編集上の判断もありました。

とはいえ、私としても落ち度があったことは確かで、だったら最初から解釈を統一し、一言断りを入れておいたほうがよかったかもですね。

だから、ディレクター嬢に朗読してもらった歌詞も、私が長らく愛用していた『ジャズ・ライフ』の記事を出すべきだったのでしょう、本来ならば。
ただ、『ジャズライフ』のバックナンバーはとうの昔に捨ててしまったので、もっとも最近の定説に近い歌詞にしよう、という判断が、“分かる人”には混乱を感じさせてしまったと思います。(朗読に関しては、「コニッツは、歌詞の意味とは無縁の演奏」ということだけを言いたいだけの演出だったので、そこまで深くは考えていませんでした)。

そこが「歌詞の意味を考えていない」と誤解されかねない内容になってしまったことは否めません。

しかし、長々と書いてきたとおり、歌詞の解釈については事前にかなり考えたことは事実で、考えすぎて、かえって中途半端にストレスを感じられた方も中にはいらっしゃったと思います。
そういう方が、もし他にもいらっしゃれば、ゴメンなさいです。

先日の放送を聴いて、「ん?」となった方のために、まとめると、以下の2点です。

●今回は、長らく定説となっていた「帰って“くる”」のほうの意味を前提に解説をした→一言断りを入れるべきだったかもしれませんでしたね
●しかしながら、「帰って“いく”」のほうの意味(最近の定説)の歌詞も登場したことによって、意味をご存じの方には混乱を招く結果となった。

です。
ご了承くださいm(u_u)m

モバQ

音楽がトータル30分強、オープニングとエンディングを除いたトーク時間がトータルで10数分という時間的制約の中で、あれもこれもとあらゆる要素をバランスよく満たすことは、なかなか難しいことではありますし、ご不満を感じられる方もいらっしゃるでしょうが、より良い番組内容を目指して、これからもチャレンジを続けてゆきたいと思います。

どうぞ、今後も宜しくお願いいたします。

この記事へのコメント

  • ND

    はじめまして。
    電波が届かないのでラジオは聞けませんが、ブログは数年前から読み続けています。

    貴殿は読者からの苦い指摘にも、いつも誠実に言葉をつくしておられるところに感心。隠蔽となりすましで恥の上塗りを重ねるどこぞの評論家とは違い、貴殿の姿勢には清々しさを感じます。
    リクエスト、現代ヨーロッパのピアノトリオ等如何?
    2009年01月13日 17:27
  • NDさん、書き込みありがとうございます。

    ブログを長年お読みいただいているんですね。
    方針やアドレスがコロコロ変わって、ついてゆくのが大変だったのではありませんか?(すいません、なるべく今回はこのアドレスで落ち着こうと思います)。

    ラジオ番組は、講演と違って相手の反応が見えない。だから、自分の話がどうリスナーに伝わっているのかダイレクトな反応がつかみにくいところがります。

    面と向かってのお話ならば、相手に伝わっているのかいないのかが、手ごたえでわかるのですが……。

    ですので、自分が「あ」といったことを、伝え方不足で「い」と受け取る人もいるんじゃないか?と常に不安なところはあるんですね。

    ですので、感想やおかしなところを率直に指摘してくれるリスナーさんの存在は大変貴重でありがたいのです。

    べつに苦いとはまったく思ってませんよ。
    むしろ感謝というかありがたく嬉しいのです。

    現代ヨーロッパに関しては、じつはもう企画があがっており、2月、3月には……(笑)
    お楽しみに!
    2009年01月13日 19:46
  • まるしお

    「快楽ジャズ通信」の直後に放送される「Nice'N'Easyタイム」の大橋美加さんが、約十年前の著書にこんなことを書いているそうです。

     「この歌に、当時〈帰ってくれたらうれしいわ〉という邦題をつけた私の父は、最近テレビや文章の中で、しきりにそれが若かった自分の誤訳で、正しい訳は〈あなたの待つ家に帰っていけたら幸せ〉という意味であると伝えている」(『唇にジャズ・ソング』1998年刊)

     こういう大橋巨泉さんを私は尊敬します。巨泉さんが好きになりました。また、美加さんの著書も読んでみたくなりました。(県立図書館にあるようなので、週末に予約しようと思います)

     歌手にとって歌詞は命でしょう。ヘレン・メリルはもちろん、大橋美加さんはじめ現在の日本のジャズボーカリストも、「帰って行けたら」という心を込めてこの曲を歌っているはずです。
     むろん、聴き手がそれをどう受け取るかは自由で、「帰ってくれたら」と思う女心を感じてもそれはそれでいいと思います。
     けれども、放送や出版に携わる方々がこの曲を紹介したり解説したりする際には、自らの誤訳を正そうとしている巨泉さんの意をぜひとも汲んでいただきたいと強く感じました。
    2009年01月13日 23:07
  • さすらいカシタロー

    世間で認知されている巨泉さんの訳はやっぱり誤訳ですね。もし、「あなたが帰って来てうれしいわ」という意味であったなら、その英文は"It would be so nice if you come home", みたいなものになるわけですよね。"You would be so nice to come home to."の英文を書き換えると、"You are so nice for me to come home to."又は"You are so nice that I want to come home."となり、「素敵なあなたの居る家に帰りたい」又は、「あなたがとっても素敵なのでは私は早く家に戻りたい」という意味になるのではないでしょうか。「あなたの居る家に帰れたらどんなに素敵でしょう」が的を得ていると思います。
    それと"go home to"ではなくて"come home to"と言っているので、恐らく、電話で話をしているわけですよ。夫が、遠く離れた妻に電話で、「早くあなたの居る家に帰りたい」と言っている姿を連想すれば良いのので。家で待つのは恐らく妻でしょうから、ヘレンメリルは戦場にいる夫の気持ちを代弁したのでしょうね。この歌は、アメリカ兵が朝鮮半島へ派遣されていた頃にヒットしていたのですよね。
    つまらない蛇足で失礼しました。
    2009年01月14日 14:09
  • まるしおさん

    美加さんと、父親の巨泉氏の件は知りませんでした。
    そうだったんですか。
    私は、リアルタイムで巨泉氏の評論は読んではいないのですが、ときおりスイングジャーナルから出されるアーカイブ的な別冊を読んで、彼の論評の鋭さには感服している一人です。
    さらに、誤訳だったことを素直に認め、それを広めようという姿勢、素晴らしいですね。
    さらに尊敬の念が深まりました。


    カシタローさん

    お久しぶりです。
    いえいえ、蛇足だなんてとんでもないです。
    勉強になりました。
    2009年01月14日 22:23