マイルス、モンク「喧嘩セッション」の原因はミンガスが寄稿した「公開書簡」にあった?!


あれだけ、マイルス本人も、
モンク本人も、
喧嘩はなかったと証言しているにもかかわらず、

まだ一部では「喧嘩セッション」と呼ばれているようです。


1954年12月24日のクリスマス・セッション、
『バグズ・グルーヴ』と、
『マイルス・デイヴィス・アンド・ザ・モダン・ジャズ・ジャイアント』に
収録されている曲のレコーディングのことですね。


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例の、マイルスがモンクに
「オレのトランペットが吹いている間はピアノを弾くな」発言の
セッションです。


マイルスは自伝で、
モンクはインタビューで喧嘩はなかったと喧嘩説を否定し、
さらには、その場に居合わせた評論家の
アイラ・ギトラーも喧嘩はなかったと書いています。

それなのに、相変わらず、
上記2枚のアルバムの枕詞には
いまだ「喧嘩セッション」という言葉がつくこともある。

なぜ?

中山康樹氏・著の『マイルス・デイヴィス青の時代』を紐解くと、
どうやら、その元凶は、
チャールス・ミンガスがにあったようです。


そのことについて、詳しく動画で語ってみました。

よろしければどうぞ!