『カインド・オブ・ブルー』~ビル・エヴァンスが執筆したライナーノーツ

ビル・エヴァンスは『カインド・オブ・ブルー』で、 即興演奏を、水墨画になぞらえて書いています。 これがまた言いえて妙で、 非常にジャズの即興演奏の本質を言い当てている名文章だと思います。 そのことについて、軽くYouTubeで語っています。 よろしければ、どうぞ。 ▼こちら 『カインド・オブ・ブルー』ビル・エヴァンスが執筆したライナーノーツ そ…

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ジャズの「入門書」が巷に溢れている理由

ライヴ中心にジャズを楽しんでいる人や、 YouTubeで動画検索をしてジャズを楽しんでいる人は、 おそらくですが、 いわゆる「ジャズ本」なんかは読まないとは思いますが、 私のような活字好きにとっては、 けっこう読みます、ジャズ本を。 で、本屋さんの音楽書のコーナーに行くと、 いつの時代も、必ずあるんですよね、 「入門書」が。 そんなにコンスタントに 活字を読ん…

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マイルスの誘いを断ったザヴィヌル

ちょっとした偶然が、 いや、ちょっとした いちピアニストの判断で、 大げさにいえば、 現在のジャズの歴史が形作られた、 ……のかもしれません。 新記事をアップしました。 ▼こちらです♪ ウィントン・ケリーとジョー・ザヴィヌル~マイルスから同時に声をかけられた2人のピアニスト なんと、ウィントン・ケリーと同時にマイルスは ジョー・ザヴィヌルにも声…

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マイルスとプリンス

マイルス・デイヴィスは 1985年に長年(約30年)契約していたコロムビアを離れワーナーに移籍。 1986年に『TUTU』を発表した。 TUTU -DELUXE- マイルスがワーナーに移籍した背景には、 当時ワーナーに在籍していた プリンスの薦めが大きかったという。 当時のプリンスのアルバム。 ↓ ある意味、この『アラウンド・ザ・…

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【豆知識】ルイ・アームストロングがアール・ハインズに与えた影響

Here Comes/Earl Hines ピアニスト アール・ハインズのピアノ奏法のスタイルは、最初はハーレム・ストライド奏法(♪ズンチャン・ズンチャンと左手が忙しくオクターブ上下をいったりきたりするスタイル)から出発したが、サッチモ(ルイ・アームストロング)と共演することで、シングルトーンを駆使したピアノ奏法のスタイルを開拓した。 ブラック・シカゴ・ジャズサウスサイド 第…

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【豆知識】アルフレッド・ライオンのダンス

ブルーノートのオーナー、アルフレッド・ライオン。 彼は、レコーディングの際に、演奏の調子が良くないと座っている椅子から動かなくなり、演奏がのってくると(彼の思い描いたサウンドになると)、コントロール・ルームの中を妙な格好で歩き回ったという。 ライオンのこの習性を知っているジャズマンたちは、このことをアルフレッドのダンスといい、彼が奇妙なダンスをはじめると自分たちの…

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【豆知識】ローヴィング・スピリッツ

ローヴィング・スピリッツは、嶋津健一、加藤真一、浅川太平、スガダイローなど個性豊かなミュージシャンたちの才能を発掘発表しつづけているレーベルで、マニアがニヤリとする作品を多く発表している。 最近の作品では、『秘宝感』がオススメ。 ちなみに中村梅雀もベーシストとして同レーベルから作品を発表している。 ブライト・フォーチュンアーティスト: 中村梅雀出版社…

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【豆知識】アル・ヘイグの『インヴィテーション』

アル・ヘイグが20年ぶりにカムバックを果たして録音したアルバムが『インヴィテーション』だ。 このトリオのパーソネルは、ジルベール・ロベール(b)、ケニー・クラーク(ds)だが、 当初はベースにニールス・ペデルセン、ドラムスにエド・シグペンが配される予定だったという。 いずれにせよ、 一度聴いたら忘れられない《インヴィテーション》。 長いブランクの間に何があっ…

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【豆知識】マンフレート・アイヒャー

マンフレート・アイヒャー(マンフレッド・アイヒャー)はECMレーベルの創立者で、1943年ドイツのバイエルン州で生まれた。 レーベルを立ち上げたのは1969年で、レーベルのコンセプトは「沈黙に次ぐ最も美しい音」だった。 ちなみに彼はベーシストでもあり、ベルリン・アカデミー・オブ・ミュージックにて作曲とコントラバスを学び、ベルリン・フィルでコントラバスを演奏したこと…

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アカデミー助演女優賞を受賞した日本人ジャズシンガーは?

正解はナンシー梅木。 北海道小樽出身のジャズシンガーで、上京後ジャズシンガーとして米軍基地で腕を磨いた。 当時はペギー葉山とともに人気・実力ナンバーワンの日本人ジャズシンガーだった。 1956年に渡米し、出演した映画『SAYONARA』の演技が認められ、助演女優賞を受賞した。 サヨナラ [DVD] / 梅木ミヨシ, マーロン・ブランド (出演); ジョシュア・ローガン…

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エヴァンスとコルトレーンの確執

(マイルス・グループでの)最後の共演は、1958念11月4日から16日までの『ヴィレッジ・ヴァンガード』への出演とされる。そして、そのころにはエヴァンスがグループの誰よりも重度の常習者となり、人気グループゆえの過酷なツアーに耐えられなくなっていた。 だがエヴァンスが脱退した理由には、音楽的な要因もすくなからずあった。マイルスにとって完璧なグループであったものの、エヴァンスとジョ…

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集団即興演奏の欠陥

たとえ少人数で演じようとも、すこしの編曲もされていない、おのおの独自の勝手気ままなアドリブが、多声音楽(ポリフォニー)として、りっぱな音楽になっているというのは、玉突きのフロック(偶然命中)的出来事でありまして、実例としては、一九三五年――七年の、テディ・ウィルソンのレコーディングのラストコーラスを聞けばわかるのです。ウィルソンが集めたレコーディング・コンビネーションは、当時最高のインプロヴ…

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ペッパーと麻薬

1950年代には多くの傑作を生み出したアルトサックス奏者のアート・ペッパーだが、麻薬のために長い間音楽キャリアにブランクを空けてしまう。 1960年の10月に麻薬所持の容疑で逮捕されて以来、服役と治療、出獄、わずかな演奏活動→再度麻薬に手を染め→再び逮捕 を繰り返していた。 奇跡のカムバックと呼ばれたシーンへの復帰は1973年なので、60年からは13年もの歳月が経過していることになる…

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レニー・トリスターノの弟子

リー・コニッツの他にも、トリスターノの弟子はいる。 まずは、テナーサックスのウォーン・マーシュ。 ギタリストのジミー・レイニー、ビリー・バウアー。 ピアニストのルー・レヴィ、サル・モスカ、ロニー・ボール。 トランペッターのドン・フェラーラ。 ベーシストのピーター・インド。 皆白人だというところが興味深い。

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ジョン・ゾーンは、日活ロマンポルノのマニア

日本への滞在が長いこともあってか、アルトサックス奏者のジョン・ゾーンは、かなりの日本通として知られている。 なかでも、日活ロマンポルトにははまりまくっていたそうで、 ポスターもコレクションしていたとか。 また、NYの「ニッティング・ファクトリー」にて日活ロマン・ポルノの上映会も行ったこともあるというのだから、彼のマニアっぷりはかなりなものだということがうかがえる。 …

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リンゴ・スターのジャズアルバム

ビートルズのドラマーだったリンゴ・スターがジャズアルバムを出していたことはご存知? センチメンタル・ジャーニー(紙ジャケット仕様) / リンゴ・スター これはビートルズが解散表明をする一ヶ月前に発売された、リンゴの初ソロアルバムで、アレンジにはかのクインシー・ジョーンズも担当している曲もある。 《スターダスト》にはポール・マッカートニーも参加していたりと、なかなかの贅沢…

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熱烈なレコードコレクター、ケニー・ワシントン

ドラマーのケニー・ワシントンは、レコード収集家としても有名だ。 演奏ツアー先ではショップを見つけ、買い求めているうちに膨大なコレクションが溜まったという。 彼の素晴らしいところは、きちんと購入した音源を聴き、その内容を覚えているということ。だからこそ、ブルーノートの未発表テイクをチェックする仕事を一時期していたこともあるのだろう。

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バップ・トゥ・クール

ビ・バップの喧騒は、戦後、だんだんと人心が安定するにしたがって、一転して、こんどは沈みきったクール・ジャズへと進展しました。ジョージ・シアリングや、リー・コニッツ、そしてスタン・ゲッツは、バップ・コードをそのまま用いて、ヴィブラートのない冷たい音を出してバップの喧騒に対立しました。 ジャズ史上、このバップからクールへの転換ほど、突然変異をきたした出来事はありません。前古未曾有の現象でし…

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チャーリー・クリスチャンがいなければ、クラプトンも、ジェフ・ベックもギターヒーローには成り得なかった!?

ジャズ界で、ギターでソロを取りはじめたジャズマンは、チャーリー・クリスチャンであることは周知の通り。 彼の卓越した技量は、『ミントンハウスのチャーリー・クリスチャン』などで楽しむことが出来る。 After Hours(ミントン・ハウスのチャーリー・クリスチャン) クリスチャンが雄弁にギターソロを奏でらるようになった背景は、テクノロジーの発達と無関係ではない。 いや…

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パーカー、NY最初の仕事はピアニストだった。

チャーリー・パーカーがカンザスシティからニューヨークに「上京」してきた際の最初の仕事は、「モンローズ・アップタウン」でピアノを弾くことと、「ジミーズ・チキン・シャック」での皿洗いだった。

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バンド運営の大変さ

バンドを切り回すためには、さまざまな力量が必要とされる。その多くは、音楽とは一切関係ないものだ。これまでもくり返し述べてきたが、敵が多く、冷淡で、競争の激しい音楽業界のなかでひとりの個人が生き抜いていくためには、広く大きな背中と相当な自信が必要だ。ジョーの精神的な回復力には驚異的なものがある。人生において、立ち直れないほどに落胆したり、意気消沈したり、行き先を見失うことはほとんどなかった…

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レイス・レコードとヒルビリー・レコード

レイス・レコードのレイス=人種は、黒人を差す。 1920年に、黒人女性歌手のメイミー・スミスのブルースレコードが売れたため、レコード会社は黒人レコードもビジネスになることに気がついた。 そこで黒人レコードの需要に注目するようになり、黒人の懐事情をかんがえ、なるべく休めに売るようにし、一般向けのレコードと区別するために、レイス・レコードと名付けるようになった。 これに並んで、南部など…

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スタンリー・ジョーダンのタッピング奏法

スタンリー・ジョーダンは、タッピング奏法で一躍注目を浴びたギタリストだ。 多くのリスナーを驚かせたのが、彼のタッピング奏法。 ピックで弦を弾かず、 ギターの指板の上から指で押弦する奏法だ。 タッピングは、主にヘヴィメタ系のギタリストが用いることの多いギターの奏法だが、 彼は、ロック系のギタリストがこの奏法で演奏していることを知らなかったという。 ジョーダン…

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ジャズマンの名前言い代え(?)便利表

エブラハム⇒エーブ アルバート⇒バート アレキサンダー⇒アル、アレックス、サンディ アンドリュー⇒アンディ アンソニー⇒トニー ベンジャミン⇒ベン、ベニー カルヴィン⇒カール チャールズ⇒チャーリー、チャック ダニエル⇒ダニー、ダン ダグラス⇒ダグ エドモンド⇒エド、エディ、ネッド、ネディ セオドア⇒テッド、テディ エマヌエ…

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ビル・エヴァンス・トリオ、インタープレイが生まれた背景

インター・プレイのことをよくいわれるが、それはビルが音数を少なく演奏することに対して、スコットとわたしでその間隙を埋めるようにしたから生まれたんだよ。相槌を打つようなものだ。ところが、ビルはわたしたちの相槌を無視しなかった。だから、わたしたちもさらに何か応えなくてはならない。そうやってあのトリオのスタイルはできあがった。(ポール・モチアン)/小川隆夫『ジャズマンはこう聴いた!珠玉のJ…

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ベニー・グッドマンのスタイルの変遷

第一期のグッドマンは円熟味はなくとも、まじめにジャズと取り組んで吹奏しようとしている姿勢には見逃すべからざるものがあり、私はこの頃のグッドマンを愛好しています。 第二期とは、一九三五年にはじまり、ケンランたるビクター時代を経て、コロムビアに鞍がえした、一九三九年頃と考えられます。いわゆる「キング・オブ・スイング」の盛名をほしいままにしたころのものです。技巧といい、フィーリングといい、非…

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レコード店員もやっていたこもあるジョン・ゾーン

ジョン・ゾーンはかつてサックス奏者のティム・バーンと一緒にソーホーのレコード屋でアルバイトをしていたことがあるという。 聴きたい音楽を好きなだけ聴けるショップ店員。 だからこそ、他ジャンルの音楽的造詣も深く、たとえば『ネイキッド・シティ』で認められる多彩なサウンドコラージュ的な手法も易々とこなせたのだろう。 Naked City [CD, Import, From US…

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ハンク、サド、エルヴィン。ジョーンズ3兄弟

Keepin' Up With the Joneses ジャズ界のジョーンズ兄弟といえば、 ハンク・ジョーンズ(ピアノ)、 サド・ジョーンズ(トランペット)、 エルヴィン・ジョーンズ(ドラムス) この3人が思い浮かびます。 3者3様、独自のスタイルを築き上げ、3人とも大御所ジャズマンといっても過言ではありませんが、不思議なことに、この3兄弟が共演しているアルバ…

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原初のピアノトリオ

ナット・キング・コールが活躍するまでは、ピアノトリオという編成は一般的ではなかった。 当時のジャズは、ビッグ・バンドのような大人数編成が好まれ、さらにはホーン奏者が主役だったからだ。 しかし、1930年代後半にナット・キング・コールがピアノ、ベース、ギターという編成のトリオで活躍しだすと、オスカー・ピーターソンなど、彼の影響を受けたミュージシャンがピアノトリオの編成で活躍しはじめ…

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《イン・ア・サイレント・ウェイ》誕生秘話

「マイルスがある朝電話をかけてきて、午後一時にレコーディング・スタジオへ来いと言うんだ。“わかった”とだけ答えた。その一分後にまたマイルスから電話があって、“何か曲を持ってこい”と言われたのさ」 《イン・ア・サイレント・ウェイ》はその数年前に冬休みを取り、オーストリアで家族とともに過ごしたときに書いた曲の一つだった。この曲を書いたときの状況を、ジョーは特によく覚えていると言う。 「私…

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フランスなくしてジャズは生まれなかった

ジャズの発祥の地はニューオリンズだということは周知のとおり。 この地は、多くの黒人がアフリカから労働力として連れられてきた港町。 また、一時期は、スペインやフランスの統治下の街でもあった。 よって、アメリカでありながらも、ヨーロッパの文化も根付いていたのだ。 このような環境の中でジャズは生まれたわけだが、では、黒人たちが手にした楽器はどこから流れてきたのかというと、ニューオリンズ…

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熱烈なJBファンのクリスチャン・マクブライド

ベーシスト、クリスチャン・マクブライドのJB(ジェームス・ブラウン)好きは有名な話だ。 子供の頃からJBのレコードを買い集め、ジャズよりJBの音楽が好きだと公言するほどの入れ込みよう。 JBのアルバムを再発する際は、レコード会社の人がマクブライドにジャケットを借りにくるというほどなのだから、すごい。 彼はエレキベース奏者としての腕も超一流で、『ライブ・アット・トニック』で聴…

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アイク・ケベックの功績

アイク・ケベックはスイング派からモダンジャズのイディオムを吸収し、スタイルを変遷させていったテナーサックス奏者だ。 彼は演奏者としてのみならず、ブルーノートのスカウトマンとしても有名だ。 たとえば、セロニアス・モンクとバド・パウエルをブルーノートのオーナー、アルフレッド・ライオンに紹介したのも、ケベック。 また、ブルーノートのお抱え運転手としても活躍し、ブルーノートがヴァン…

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ユーミンはメセニーファン

ユーミンこと松任谷由実は熱烈なパット・メセニーファンであることを知るファンも多いことでしょう。 そんな彼女が、メセニーのアルバムにライナーを書いていることをご存知でしたか? 『レター・フロム・ホーム』には、壮大な妄想まじり(?)でメセニーの音楽について書かれています。 興味のある方は、日本盤のCDを買って、ご一読のほどを。 Letter From Home […

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トリスターノとコニッツ。師弟コンビの年齢差

レニー・トリスターノの高弟といえば、まずまっさきにアルトサックス奏者のリー・コニッツの名が挙がるだろう。 彼と師匠との年齢差は8歳。 2人はシカゴ在住時に知りあった。 サブコンシャス・リー [Limited Edition] / リー・コニッツ, ワーン・マーシ...

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地元を離れなかったエリス・マルサリス

ブランフォードやウイントンの父、エリス・マルサリスは、若かりし日は、トランペッターのアル・ハートのバンドのピアニストとしてツアーを繰り返していた。 アル・ハート・グレイテスト・ヒッツ [Limited Edition] / アル・ハート (演... しかし、息子たちが大きくなるにつれ、地元のニューオリンズにとどまり、ホテルのピアニストとしての活動を主軸に据えるようになる。 …

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グレッグ・オズビー=大五郎

アルトサックス奏者のグレッグ・オズビーは、大の日本通で、特に『子連れ狼』のファンなのだそうだ。 なので、一時期は自分のことを「伊藤大五郎」と名乗っていたうえに、自身の音楽出版社も「ダイゴロー・ミュージック」という名前で登記していたほど。 もちろんカラオケでの18番も「子連れ狼」とのことらしい。 ▼ジャケットのイラストは、もちろん大五郎 「子連れ狼」第1シリーズ ミュージッ…

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レコードは減らない

「すり切れる程」云々というのは、あれはSP盤時代の名残の台詞で、まともなプレイヤー、まともな神経さえ持ち合わせればLPレコードは容易に減らない。(コルトレーンの)『アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』も『アット・バードランド』も同様に二十五年かけたくらいでは減らない。減ったのはハラと針とカネだけだった。 (一ノ関「ベイシー」店主 菅原昭二氏のエッセイより) ▼収録本 ジャズ喫…

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「ファンキー」本来の意味

ファンキーというのは、ふつうの英和辞典を引くと「臆病な」という意味なのです。ところがこれはスラングで、「黒人くさい」という意味なのです。黒人には傍にゆくと独特の体臭がある、あの匂いのことなのです。そしてearhty(アーシー……つまり土くさい)という意味もあり、黒人のブルースに感じられる一種の土くささを指すことにも用いられました。ただこれだけの意味なのです。すくなくとも「ユーモラス」などとい…

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ニューヨークではうけなかったディキシージャズ

ニューオリンズ的編成のディキシーは、不思議なことにニューヨークではうけなかったのです。というのは、ニューヨークのダンス・ホールはシカゴの秘密酒場などとちがって大規模にできており、たとえばハーレムの「サヴォイ・ボールルーム」などは一度に二千カップル(四千人)も踊れるというだだっ広さ。とても七人編成ぐらいのコンボではみみっちくてお話にならなかったからです。 そこでニューヨークのダンス・バン…

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ディキシーランド・ジャズの語源

むかし、まだニューオリンズが、フランスの統治下にあった頃、ニューオリンズの中央銀行が発行していた十ドル紙幣に、大きくDIX(フランス語で十のこと)と印刷してあったそうです。このことからして、ニューオリンズをDIXIE(ディキシー)とアダナするようになり、まもなくニューオリンズのみならず、アメリカの南部一帯を、ディキシーないし、ディキシーランドとよぶようになったということです。 ニュ…

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ディーバ・ジャズ・オーケストラとは?

ディーバ・ジャズ・オーケストラとは、ドラマーのシェリー・マリクルがリーダーの女性のみのビッグバンド。 拠点はニューヨーク。 1993年にオーディションで選ばれたメンバーにより初のコンサートを行い、世界各国のジャズフェスティバルやブルーノートNY出演など演奏活動繰り広げている。 ピアニストの山中千尋も一時期在籍していたこともある。

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被虐的な白人ジャズマンのニックネーム

白人⇒被虐的なニックネーム 黒人⇒偉い称号 言われてみれば、そのとおりですな。 ジャズ王国ではキングの地位を争って血みどろの争いが起り、初代のバディ・ボールデンは、二代目のフレディ・ケパードにその地位を奪取され、ケパードは、心ならずもジョー・オリヴァに破れ、オリヴァは、養子的ルイ・アームストロングに王冠を与え、一九五七年の現在、この王国は依然として、アームストロングの統…

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いまさら聞けない「ジャズの十月革命」って何?

ジャズの歴史書を紐解くと必ずといってもいいほど出てくる言葉の一つに「ジャズの10月革命」がある。 これは、1964年の10月1日から4日間の間、ニューヨークにある「セラー・カフェ」で行われたコンサートとパネルディスカッションのイベント名のことだ。 主催者はトランペッターのビル・ディクソンで、趣旨&目的は当時降盛をきわめたフリージャズの運動を分かりやすい形で提示することで、…

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マルサリス兄弟

ピアニスト、エリス・マルサリスの息子たちは皆、一流どころのジャズマンです。 長男のブランフォードは、テナーサックス奏者(ソプラノも吹く)。 次男のウイントンは、トランペット奏者。 五男のデルフィーヨはトロンボーン奏者。 六男のジェイソンはドラマー。 愛しき女へ ‾スタンダード・バラード集 / ブランフォード・マルサリス, エリス・マリサリス ...

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ジェリー・マリガンのピアノレス・カルテットが生まれた背景

最初は、ピアノのジミー・ロウルズもバンドメンバーだったが、 1、彼のガールフレンドがリハーサル中、うるさく邪魔 2、たまたまロウルズ抜きで練習してみたら、しっくりきた という理由がジェリー・マリガン=チェット・ベイカーのピアノレス・カルテットが誕生した理由らしい。 音楽的、楽理的な理由ではないのが意外だが、発見、ひらめきというものはえてしてこのようなことが契機にな…

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ギル・エヴァンスの住みか

ニューヨークにやってきたマイルス・デイヴィスは、チャーリー・パーカーと共に暮らし、やがてアレンジャーのギル・エヴァンスと親交をもつようになる。 当時のギルは、中国人が営むクリーニング屋の裏手の地下の一室に住んでいた。 ここに通い詰めたマイルスは、新しいジャズの表現方法を模索し、やがて歴史的名盤の『クールの誕生』に結実することになる。 クールの誕生 / マイルス・デイヴィ…

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ウェスを雇ったブルースギタリスト

ウェス・モンゴメリーがまだインディアナポリスでの無名時代、ブルース・バンドにサイドギタリストとして加わっていたことがある。 リーダーはジョニー・ザ・クライング・トンプソンというシンガー&ギタリスト。 ウェスはジョニーのギターソロにカウンターメロディや合いの手を入れてアンサンブルに奥行きをもたらしたり、いつしか覚えてしまった彼のソロをユニゾンでなぞったり、ハーモニーをつけることによ…

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クロード・ソーンヒル

マイルス・デイヴィスが『クールの誕生』を制作するにあたって、もっとも参考にしたのがクロード・ソーンヒル・オーケストラだった。 このオーケストラは、最初はダンス・バンドだったが、ギル・エヴァンスが加わったあたりから、モダンで先進的なアレンジを演奏するグループに変貌していった。 特にフレンチ・ホルンを加えたことによってサウンドの佇まいに大幅に変化をもたらした。 マイルスが『クールの…

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デトロイト出身のジャズマン

モータウン(モータータウン)のデトロイトからニューヨークにやってきた腕っききのミュージシャンは多い。 トランペットのドナルド・バード、サド・ジョーンズ、 トロンボーンのカーティス・フラー、 ヴィブラフォンのミルト・ジャクソン、 ピアノのトミー・フラナガンやローランド・ハナ、バリー・ハリス、 ギターのケニー・バレル、 ベースのポール・チェンバース、ダグ・ワトキンス、メイジャー・ホリ…

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オーネット・コールマンとジョン・ルイスとレスター・ケーニッヒ

オーネット・コールマンが世に出る契機を作り出したのは、コンテンポラリー・レーベルの社長、 レスター・ケーニッヒに認められたから。 では、なぜ彼がオーネット・コールマンを知ったのかというと、MJQ(モダン・ジャズ・カルテット)のピアニストがレスターに紹介したため。 オーネットのことを滅茶苦茶だの、音楽じゃないだのと非難する声も多かった当時、ジョン・ルイスは正確に彼の才能を見抜いていたの…

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